9:第九話:森深く会話は踊る

 彼女とともに宇宙船の外へ向かう。

 宇宙船の外に出ようとすると彼女が傘を開く。

「やはり、日光はダメなのだな」

「うむ、悪魔も多くは日光を嫌うが、

 吸血鬼は日光に触れるのも危ないのじゃ」

 なるほど悪魔は「嫌い」だが、吸血鬼は嫌いの域を超えているということか。

 日傘。

 まあ、らしいっちゃらしい。

 何なら似合っているような気もするが、実際にその光景を目の当たりにすると不便そうに見えてならない。

 案外、そのような生活を送り続けると慣れたりするものなのだろうか。

「大変そうだな」

 私はそのように言うことしかできなかった。

「うむ、じゃが致し方あるまい。

 慣れたものじゃよ」

 やはりそうなのだな。

「行くぞ」

「ああ」




 さて、森は中腹。いや、これは希望的観測だが。

 少なくとも屋敷や宇宙船は見えなくなった。

 木漏れ日などという幻想的なものはろくに入ってこないほどに木が欝蒼うっそうとしており、彼女も日傘を差さず、伸び伸びと歩行している。

 まあ、暗くないだけマシだろうか。


 ちなみに欝蒼と生い茂るというような表現を耳にしたことがあるような気がするが、欝蒼、自体が生い茂っている様を表しているため、頭痛が痛い表現になってしまうとだけ添えておく。


 しばらく移動すると彼女が口を開く。

「さて、ただ歩くのもなんじゃ。

 貴様の故郷、異世界とやらの話をきかせてもらいたいのじゃが……」

 彼女が何かを含めるように黙し、

 歩みを止めるとこちらを振り返る。

「貴様、ずいぶんと虚弱じゃな」

「うるさい、吸血鬼と比べるな」

 机でもひっかいたような声でかろうじて返事をすると、膝に手を置き体重を掛ける。

「その話なんじゃが、村では吸血鬼云々うんぬんだけでなく悪魔であることも喋ってはならんぞ」

 まあ、なんとなくそんな気はした。

 彼女は悪魔・吸血鬼ではない集落の中に潜んで暮らしているのだろうか。

 吸血鬼と考えればイメージ通りか。

「そうか……わかった」

「うむ」

 彼女が返事をする。

 我々、いや私は立ち止まりながらも森を進んでいく。

 余裕は持ち合わせていないながらも彼女の要望に応えるべく口を開いてみる。

「で、私の故郷の話だったか?」

「うむ」

 故郷か。

 生まれも育ちも日本なのだが。

 なにから話したものか。

 そもそも私は和、という文化に属している。

 これは非常に話すのが難しい。

 何がどのように難しいかというとだな。

 和という文化が特殊であるという点だ。

 そうだな。


 例えば自分がゲーマーだとして。

 何もゲームについて知識を持っておらず、ゲームについて教えてほしいという希少種が居たとしよう。

 そのゲームという文化が分からない者に対して自分の知識をひけらかすわけだが、自身の知識が音ゲーやら弾幕系シューティングに偏っているとしたらどうだろうか。

「へーゲームって難しいんだね」

 の一言で終了である。

 希少種にとってゲーマーという人種が地球内生命体として成層圏手前に配置されるだろうこと必至である。

 ゲーマー≒宇宙人である。

 やはりその手の希少種には赤い配管工が通常の三倍の跳躍力を用いて爬虫類やら菌類やらを蹴散らす無双ゲームなどが定番だろう。

 私のオススメは上から飛来する独特なカラーリングの箱を次々と綺麗に敷き詰めていくリアルタイムストラテジーだ。

 比較的ルールが分かりやすい。

 技能面で言えばまた話は別だが。

 まあ、そんなところだ。


 話が逸れたがそんな特殊技能である和を会得している我々が異世界代表として語るのはいかがなものかと私は思う。

 考え過ぎだろうか。

 いや?そういえば暖簾を見たな。

 案外こちらでもそのような文化が存在しているのだろうか。

 確かに今も話しているのは日本語だ。

 ファンタジーかはともかくとして異世界ではお決まりの展開である。

 和服だとか、刀だとか、ぶっ飛んでいれば忍者や侍まで。

 まあ、それは置いておこう。

 結局のところ考えれば考えるほどに悩みの種は増えていく。

 もはや面倒になってきたな。

 彼女に聞いてみるか。

「何が聞きたい?」

「貴様はそれが好きじゃな」

 まあ、確かに同様の質問を幾度となく使っているような気はするが気にするな。

 ある種の癖のようなものだ。

「悪かったな」

「いや、別にわらわはいいんじゃが」

 彼女がこちらを待ちながら言った。

 彼女のもとにたどり着くと彼女がまた話を続ける。

「何が聞きたいか、のう。

 うーむ。

 待て、考えさせよ」

 さっき考えておいてくれ。

 楽しそうで何よりだが。

 しかし先ほどの疑問、思ったよりも気になるな。

 なぜ暖簾があのような場所に存在しているのか。

「じゃあむしろこちらが聞いてもいいか?」

 彼女の質問はどうにも時間がかかりそうで見ていられない。

 のだが今は彼女が質問権を持っている状態だ。

 私が質問をしていいものか。

「おお、よいぞ。

 なんでも聞くがよい」

 いや、いいのか。

 あっさりと質問権がやってきた。

 結局のところ何かしらの話題が欲しかったのだろう。

 ちょうどいい、ありがたく使わせてもらおう。

「昨日、風呂場の入り口に暖簾があったような気がするんだが。

 あれはよく出回っている、というのか。手に入れやすいものなのか?」

 なんとも回りくどい聞き方になってしまった。

 つまるところ暖簾というのが異世界に文化として根付いているかどうかを聞きたかったのだが。

 彼女が歩きながら答える。

「あれは妾の手作りじゃよ。

 昔見たのを思い出して作ったのじゃ」

 なんとも確証の得られない返事が返ってきた。

 彼女は昔暖簾を見ているということは暖簾自体は根付いている?

 それともわざわざそれを言うということはそれ自体が珍しいのか?ではその暖簾は一体……。

「ところで……」

 彼女が不穏な切り方をしてこちらを見る。

「なぜ暖簾を知っておる?」

 これは一体どういう質問なのだろうか?

 私が暖簾を知っていることが不思議であるということに他ならないのだが、

 問題はなぜ不思議なのかだ。

 彼女にとって異世界、つまり現世に暖簾が存在することが不思議なのか?

 いや、これまでマグカップ、傘、コップ、風呂どれも共通認識が可能だった。

 もし彼女が現世についての仮説を立てるならば暖簾などという一物体は存在しても何ら不思議ではないはずだ。

 とするとやはり異世界、この世界では、いや少なくとも彼女にとっては暖簾は何か珍しいものであるということか。

 これは、どうしたものか。

 とりあえず彼女の疑問だけでも解消しておくか。

「いやなに、私の故郷ではあのようなものがよくあってだな」

 まあ、そのような表現だとまた異世界によからぬ偏見が生まれそうなものだが。

「そうであったか」

 彼女が一瞬顔を曇らせペースを落とす。

 何か地雷でも踏んだだろうか?

「まあ、素晴らしい出来だったと思う」

 なんともまあ無力なフォローだろうか。

 まさに暖簾に腕押しといった様相をていしている。

「そうであろう、そうであろう?」

 少し間があって彼女が返事をし、

 芝居がかった頷きを二度見せる。

 なんか申し訳ないな。

 むしろ彼女にフォローされてしまった。

 言っておいてなんだが、出来の良い暖簾と出来の悪い暖簾の違いがまったくと言っていいほどよくわからない。

 玄人目があるかはともかく素人目からするとあんなもの筒に掛けられたただの布である。

「さて、先を急ぐぞ。

 日が暮れてしまうではないか」

 いや、君が話を始めたのだろう、とは言わないのが大人だ。

 森は続く。

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