8:第八話:そして吸血鬼は語り始める

 場所は変わり先程のキッチンへ遷移せんいする。

 移動している間の空気は足音が船内全域に響き渡るほどには静まり返っており、言い表せないような息苦しさがあった。

 茶を入れるとは言ったが何を入れようか。

 彼女の外観から察するに紅茶やコーヒーあたりが似合いそうだが、このあたりは好みが分かれやすい。私個人の好みで言えば紅茶の方が絵になる。

 言動的には緑茶も似合いそうだな、古風な感じとかまさしくと言ったところである。

 しかしまあ失礼かもしれないが、彼女がそのあたりの飲料を好んで飲むようには見えないのだ。

 飲めそうで、怒られなそうで、お茶で、それでいて簡単に入れられるものか。

 ふむ、まあミルクティーでも入れておくか。

 宗教とかに関しての問題があるやもわからないが、牛肉がタブーとされているヒンドゥー教においても牛乳や乳製品は問題ないとして扱われている。牛に関しての食事がダメと言うよりは牛を傷つけることが問題のようだ。

 異世界の宗教とやらがどうかは知らないが。

 さて、まあ、私は何でもいいし同じものを飲むとしようか。


 キッチンの方から見ることができる彼女が終始周囲を確認している。

 落ち着きがないのか、落ち着かないのか。

 先程ダイニングに座るように指示をしたのだが、それでもなお、といった具合である。

 電子ポットのお湯を沸かした音がすると彼女がこちらの方を見る。

 私を見たわけではないと思うが目が合わないように手元を見る。

 まあ、彼女sheポットkettleの半直線SK上に私が存在しているのだからしょうがないといえばしょうがないがこっちを見るな。

 コップにお湯を注いでいく。

 説明していなかったがミルクティーはもちろんインスタントである。

 コップを二つ持つと彼女のもとへ向かう。

 椅子横の壁に何やら傘のようなものが添えられている。

「すまぬな」

 彼女が受け取りながらつぶやいた。

 私は彼女の斜め前に回り込み椅子を引いて座った。

 さて、何から話そうか。

 それとも何から聞かれるか。

 私はキッチンの反対側を見ながらミルクティーを口にする。

 横目に彼女を確認すると、私の方を見てか彼女もミルクティーを口にする。

 喋らなければ異国情緒溢れるお嬢様なのだが。

「これは」

 疑問というよりは感嘆とでも言おうか、なにやら驚きを含んだ言葉を静かに吐く。

 一応答えておくか。

「ミルクティーだ」

 彼女が私の言葉を聞き「そうか」とつぶやきコップを置く。

 お気に召さなかったか。

「お主、異端者じゃな?」

 私もコップを置くと一つ息を吐く。

「ああ、その通り。

 私は異端者だ」

 彼女が一つ笑うと返事をする。

「別にけなしておるわけではないぞ?」

「わかっている」


――

 ソルスティスの調書によれば異端者とは、特異な言語を話す漂流者、あるいはギフテッドの事とされ、不思議な世界の記憶や謎の知識を有しているらしい。

 つまるところ、この世界に迷い込んだ人間のことを須らく異端者と呼ぶようである。

――


「そうかそうか、お主は異端者じゃったのか」

 何やら楽しそうに頷いておられる。

 異端者とはこの世界における異世界からやってきた人間の事である。

 我々から見たところの一般人だ。

 彼女がひとしきり頷き切ると続ける。

「言われてみれば違和感だらけなんじゃが、なんとも聞きにくくてのう」

 そうか、なんとか私からの自白を待っていたということか。

 違和感。

 まあ白衣などというものが異世界にはないだろうし、私が気づいていないいくつかの言動もそうなのだろう。

 いや、白衣ぐらいならあるかもわからないが。


――

 そして調書は続く。

 異世界の所謂、文化レベルは低く、推測では中世。

 進んでいると見積もっても産業革命以前とされている。

 しかし魔法なる独自の技術に適応した進化を見せているとされ、一概に我々に劣っているなど過去の文化というよりも、また別の進化であるとされている。

 いや、なぜ調書に推測が入っているかはともかく、どうやらよくありがちな世界になっているようである。

――


 このころ学者に定められたどころか、ステレオ的な衣服も無いだろうし、医者もまだ黒い、あるいはまだ黒くもなっていないだろう。

「しかしなんじゃ、

 お主の名前はなんとも異端者のそれとは似つかんかったが何故じゃ?」

 そうなのか?

 異端者とは特殊な言語を喋る希有な存在。

 つまり別言語、日本語圏ではない人間もたどり着いているものだと思ったが。

 何か認識がズレている?

 あーいや、海外はなにも西洋よこもじばかりではない。

 中韓等のアジア圏の名を彼女が想定している可能性もあるな。

 まあいいか。

 とにかく偽名であるのはバレているようである。

「ああ、それか。

 嘘の名前を名乗っていた。

 すまない」

 逆に他の異端者は普通に名前を名乗っていたのか?

 いや、ここまで警戒する人間の方が珍しいのか?

「よいよい。

 してお主の本当の名前はなんじゃ?」

夜京ヤキョウ 作斗サクトだ。

 一応言っておくが、サクトが名前だ」

 まあ、彼女がどのような想定をしているかわからない以上、明確にしておく方が安心だろう。

「そうか、

 よし、では貴様はサクトじゃな」

 ああそうだ、私がサクトだ。


……何の確認か知らないが。


「それで貴様はこれからどうするつもりじゃ?」

「どう、というと?」

 私がそう聞き返すと彼女が唸る。

「そう聞き返されると難しいのう。

 異端者は皆、未知の故郷があるらしい。

 帰郷を目指す者も多いと聞くが貴様はこれからどうする?」

 目標か。

「そうだな、詳しくは省くが今すぐの帰郷は難しい」

 というよりは絶望的だな。

 少しミルクティーを飲む。

「そ、そうか」

 彼女は今のを聞いて何を思ったのだろうか。

 まあ庭園の一角にこんなオブジェを立てられて撤去もできないと聞けば、だいたい内心は察しが付くが。

 しばらく黙した彼女が口を開く。

「まあ、なんじゃ……。

 こんな悪魔の屋敷でも居場所がないよりはよいじゃろう。

 ここに住むがよい。

 あの空き部屋なら好きに使ってよいからの」

「ああ、申し訳ない」

「うむ」

 そう言葉を交わして、

 また沈黙が続く。

「ま、まあ、なんじゃ。

 貴様ばかりに話させてものう……」

 なんだか急に彼女がぎこちなくなる。

 なんだ?何を企んでいる。

わらわからも一つ。

 その、隠し事を話そうではないか」

 彼女からもカミングアウトがあるそうだ。

 別に興味は無いが。

「いや、別にいいが」

「い、いや、妾からも話しておかねば不公平じゃろ」

 いささか気にしすぎではなかろうか。

 というよりも私は別に隠したくて隠していたわけでもないからな。

 そうすべきだと思ったからそうしたまでだ。

「気にするな。必要ないから隠したままにしておけ」

「いいから黙って聞かんか!」

 彼女が身を乗り出す。

「あ、いや……なんかすまない」

 私なりの気配りのつもりだったが。

 なんだか余計だったらしい。

 要反省だな。

「そ、それに妾は隠し立てが苦手なんじゃよ。

 ずっとこれでは気が滅入めいる。

 これは妾からの頼みじゃ。聞いてはくれんか」

 まあ、そこまで言われては仕方がないか。

 聞くとしよう。

「わかったからさっさと話せ」

「貴様が止めたんじゃろ!?」

 彼女が私を指さす。


 確かに。


 ぐうの音も出ない。

「ああ、すまない」

「……まあよい」

 彼女が座り直し一つため息を吐く。

「なんじゃ、なんと言ったらよいのか。

 妾は、その、悪魔ではない」

……ほう、詳しく聞かせてもらおうか。

 彼女が手を組み、目的の見いだせない動きを見せる。

「どういう意味だ」

かすな。

 妾は厳密にはただの悪魔ではない。

 その……なんじゃ」

 彼女がうつむいて喋らなくなった。

 いや、なぜそこで口ごもる。

「なんだ!」

「ええい!

 少しは待てんのか!」

 怒られた。

 机が殴られている。

 とても可哀そうである。

「ええーコホン。

 妾はじゃな……吸血鬼なんじゃよ」


 まあ、言うまでもなく私にとっては期待外れのカミングアウトだったのだが


「そ、そうだったのか」

 とだけ述べておこう。

 迫真の演技も添えておく。

「そ、そうじゃ。

 良いな?絶対他の者にいうでないぞ!

 絶対じゃからな!」

「あ、ああ心得た」

 そこまでのカミングアウトだったのか?

 彼女は落ち着かないのか、コップを両手で持ち口を付けたまま静止している。

 いやまあ、ある意味落ち着いているのか。

 それとも落ち着けていると表現すべきか。

「して、これはなんじゃと言ったか?」

 これ、まあ多分ミルクティーの事を指しているのだろうが。

「ミルクティーか?」

「うむ、これは一体なにでできておるんじゃ?」

 成分、配合とかそのあたりか?

 それとも単純に原材料の話か?

 ご存知の通りミルクティーなんて品種の茶葉はない。

 紅茶にミルクを混ぜれば完成するが、それでこれと同じ味は出せないだろう。

 このインスタントに何が混ぜられているかは、まあカスタマーセンターにでも聞いてくれ。

 一つ鼻で笑う。

「さあな」

 私の言葉に彼女が首をかしげるのが見える。

 しかしそんなことを聞いてどうするつもりだったのだろうか。

「そんなことを聞いてどうする?」

「甘いお茶じゃのう、と

 すこし不思議に思っただけじゃ」

 あーまあ確かにな。

「まあ、多分砂糖か何かが入っているのだろう」

 彼女がコップの方を見る。

「そうか」

 私の解答に不満でもあったか、それとも何か別の考え事か、またしばらく間があって彼女が口を開く。

「ところで今日は近くの村に買い物に出るつもりなんじゃが、

 体の方は大丈夫そうか?」

 そう言えば忘れていたが体はしっかりと動いていた。

 なんら問題はなさそうである。

 段差もよじ登れたし、分厚い本も難無く持ち上げられた。

 買い物か。

 まあ、これから彼女のもとでお世話になるのだ。

 荷物持ちくらいはすべきだろう。


……待て、今日とか言ったか?


「今日か?」

「うむ、そうじゃが。

 何か問題でもあるのか?」

 慌てて時計で経過時間を確認する。

 前回確認してから7、8時間は経っているだろうか。

 それは日付も変わるというものである。

 どうもかなりの時間、作業をしていたらしい。

 それもこれもどっかの経典のせいということにしておこう。

 私は何も悪くない。

「い、いや問題はない」

「では準備するがよい。

 妾はここで待っておる」

「特に準備は必要ない。

 君が行けるならばいつでもいいが」

「わかった。

 す、少し待て」

 彼女が残りのミルクティーを飲んでいる。

 そう言えば私も残っていたな。

 コップを口に添えるとコップを掲げ一気に飲み干す。

 気を付けなければならないのはこの際にあまり角度をつけすぎないことだ。

 残存内容量にも依存するが角度をつけすぎると入り口を飛び出して落下し、新手の洗顔になってしまう。

 そんなことさらどうでもいい補足を入れつつ、コップを置く。

「ずいぶんと贅沢な飲み方をするではないか」

 私のことか?

 そうかこの飲み物が何か希なものだと思っているのだろうか。

「まあ、こんなものいくらでもあるからな」

「貴様、正気か?」

「ああ」

 ああ、もしや砂糖の話か。

 この世界では貴重だったりするのだろうか。

 確かに砂糖がかなり希少だった時代も存在する。

 あの建物を見る限り彼女が手の届かない人間、もとい悪魔、もとい吸血鬼だとは思えないが。

「そうか」

 彼女も一気に飲み干し、傘を持って立ち上がった。

「では行くとするかの」

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