4:第四話:混沌なる暗所と追憶の浴槽
そのまま暗闇を歩いていくと明かりが見え、壁の石が揺らめいている。
どうやら蝋燭が立っているようだ。
少し廊下を左手に広げたような、広々とまではいかないが空間が存在していた。
手前の脇道には青い布が掛かっており、奥の脇道には赤い布が掛かっている。
その間の壁には竹か何かでできているような旅館や温泉街にでもありそうな
簀の子の足を高くしたような腰を掛けるのに丁度良い箱が置いてあった。
彼女が青い暖簾と赤い暖簾を順に指さしながら
「こっちが男湯であっちが女湯じゃ」
いや、二つほどツッコませろ。
まず、ここまで視界を拾うだけで胸がぬくもり返るほどに風情のある西欧ファンタジー風の空間に、なぜいきなり「見るだけで外国人観光客が喜ぶものランキング(偏見)」トップランカーに食い込みそうなほど明らかに場違いな奴がふんぞり返っているのか。
そして客室は用意されてないというのになぜ男湯と女湯は分けているのか。
とも言いたくなったが、よくよく考えればこれだけ広い建物に住んでいるのだ。
居住者や使用人等の中に居たりもするのかもしれないとも思った。
ただ、そんなのが居たらもう既に数名ほど会っていそうなものだが。
移動中誰一人として会っていない。
それともわたしが営業時間外にでも目覚めてしまったのだろうか。だとしたら申し訳ない。
彼女に聞いてみる。
「あの、一つ聞いていいですか?」
彼女がこちらに首を向ける。
「なんじゃ?」
「誰か異性とでも同居していらっしゃるのでしょうか?」
自身の疑問について上手い伝え方とやらが分からなかったが……。
彼女が首を傾げる。
伝わらなかったか。
「なぜそのような疑問が出てくるのじゃ?」
あーそっちか。
まあ、確かに言われてみれば不思議な疑問ではある。
「いや、客室は用意されてないのに男湯と女湯はわかれてるんだな~と思いまして」
少々失礼だったか?
私にはいくつか癖がある。いや、人間なんぞ癖を練って固めたような生命体なのだが。
私の
今までは身内との会話しか無かったため問題なかったが、今後は気を配らねならない。
彼女は私の言葉を聞いてしまい、少し
「いや、別に何か文句とかを言いたかったわけではなくてですね……」
いろいろと私が言葉を並べる中彼女が答える。
「その、なんじゃ?
昔から人を招いたりはしてみたかったんじゃよ」
彼女はきっと人を持て成してみたかったのだろう。
気持ちはわかる。
他人を喜ばせたり、楽しませたりするのは嬉しい事なのだ。
私も一度、クリエイターというようなものを志したことがある。
だったら客室を用意しておけ。
あと、返答としてどうなんだそれは。
と思ったのはここだけの話。
少しの静寂の後彼女が無理やり声を上げ、私の背中を押す。
「さっさと入ってくるがよい、湯は沸いておる」
彼女に押されながら
照明の正体だろうそれは、水晶とでも呼べばよいのか、昔宝石屋で見た岩にへばりついたままの宝石を彷彿とさせるような何かが設置されていた。
ずいぶんと混沌とした空間である。
壁には何製かわからない棚が存在している。
籠が敷き詰められており、いかにもな脱衣所だ。
籠の中に一つタオルが置かれているものがある。
多分これを使えということなのだろうが、ずいぶんと生地が薄いように感じられる。
まあ文句を言うわけにもいかないだろう。
服を脱ぎ、一応防水の時計も外す。防水とはいえ、風呂の成分などによっては大ダメージを受けたりする。特に温泉とかは気を付けた方がいい。
時計を服の上に置く。時刻は明らかに間違っているだろう昼前を指していた。また後で直すとしよう。
奥はしっかりと風呂場だった。
いや、なんだ。別に心配していたわけではないのだが。
まあ、それはいい。
しかしまたずいぶんと大きな風呂だ。公衆浴場と呼んでも差し支えないほどに広い空間。いや、そう言い切るにはさすがに狭いか。
入って5、6人が限界か?
まあ、無論敷き詰めればもっと入るだろうが。
野郎どもが裸でむさ苦しく満員電車のように敷き詰められる。そんな状況は想像もしたくない。
さて、周りを見渡す。
特にシャワーらしきものは見受けられない。
それもそうか。
しいて言えば桶がいくつか置いてある程度だ。
基本身体を洗ってから浸かるタイプなのだが、
まあ仕方ない。
桶のようなもので浴槽からお湯をすくうと体に掛ける。
本当なら足からゆっくりと温めるほうが体への負担が少ないのだが、まあこれでも30前だ。
問題もないだろう。
湯につかる。
少々温いが、及第点だ。
一つ息を吐く。
風呂はいい、考え事をするのに最も適した空間だ。
邪魔するものは何もなく、ただの一人と莫大なお湯と時間が空間を支配する。
まあ、照明がこんな不思議な色をしていなければ文句ないのだが。
あーいや、温いというのも文句の一つか。
それはもういいか。
私は顔を一つ拭う。
しかしこの後はどうしたものか。
彼女の部屋で寝るとして彼女はどうするのだろうか。
まだほかに隠された部屋でも存在するのだろうか、それともはたまた彼女とともに寝ることになるのだろうか。
彼女とともに寝るのだとしたら少なからない問題が発生することになる。
ご存知の通り、それは私の理性がどうとかそう言う話ではない。
私もそこまでひもじくはない。
……つもりである。
ではどんな問題があるのか。
それは
「どうじゃ、ここの風呂は広いじゃろ?」
何やら思考にノイズが走ったようだ。
大変失礼しました。
「さすがに聞こえておらんわけではあるまい」
まだなんか聞こえるな。
「まさか本当に聞こえておらんのか?
それとも気を失って……」
「いや、聞こえてますよ!」
面倒な奴だ。
こちらはこちらの事で精一杯なのだ。
これ以上タスクを増やさないでくれたまえ。
「ま、それはさすがに言い過ぎじゃったか。
どうじゃ、大浴場の感想は」
感想としては壁薄すぎるだろの一言に尽きるのだが。
そんなことを言うほど常識が薄い人間ではないので。
「そうですね、広いです。
はい」
「そうかそうか、うむ。
改修したかいがあったというものじゃ」
ならば少し壁を厚くしておけ。
しばらく壁に意識を向ける。
後続文句が無い。
さて、先ほどの話に戻るとしようか。
「さて、妾は先に上がっておる。
詳しい感想は後で聞かせてもらおうかの」
どれだけ風呂の感想を聞きたがるんだお前は。
改装してやっと機能したといったところなのだろうか。
まあいい。
今だけは邪魔するものがほんとに居なくなる。
ならば上がる前に思考を終了させなければ。
さて、やっと先ほどの思考に戻すことができるな。
……ーっと、なんの話だったか。
私は頭を抱えるように顔を拭った。
ああ、そうだ。
彼女と一緒に寝ることでどんな問題が発生するか。
それは宇宙船の確認が困難になるということだ。
宇宙船を確認する際に誰にも後を付けられないようにしたい。何者だろうとあの存在について知られるのはマズいだろう。
とすると館内でまだ誰も遭遇していない今が後にも先にも一番のチャンスなのだろうと考える。
残りは一番の障害となる彼女の目を掻い
そしてその希望を一番摘み取りやすいのが一緒に寝るということである。
一刻も早く宇宙船の安否を確認。
そしてできることならば彼女の目の届かない場所へ隠蔽しなくては。
もしまともな移動が可能であればここを後にすることになるが、難しいだろうな。
移動ができない場合にはここに長いする羽目になるだろう。
宇宙船内には倉庫もあるはずだ。
何か護身用の道具でも見つかるだろう。
何がともあれ以上の理由で宇宙船に向かう必要がある。
そのあともいろいろなことを考えていた。
自分がすべきこと。
自分がすべきだったこと。
何も私は自らの意思でここにいるのではない。
そんな追憶に執心する私はあることを忘れていたのだ。
そう、自身がどんな状況に置かれていたか。
また、そのまま進行すればどのようなことになるかを。
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