3:第三話:やるべきこと

 しばらく私が状況を咀嚼そしゃくしていると彼女が首をかしげる。

「あ、あー、そうなんですねー」

 苦笑いである。

 そうか、これが噂に聞いていた異世界か。

 あまり現世と変わりがないな。

 これが我々の求めていたものだとは。

「う、うむ」

 彼女も口を開く。

 なんとか納得して頂けたようである。



 彼女の後ろを歩き続けている。

 特に話すことも無く無言王の名をほしいままにしている私もさすがにバツが悪くなったのか周りを見渡す。

 まあどこもかしこもカーテンが閉まっていて暗い暗い。進行方向先を見てみるが、我々が移動する少し先程度の蝋燭が付いているのが見えるばかりである。いや、むしろ近場の光源が暗所の視界を妨げているのかもしれないが。

 蝋燭が付いているのは魔法だとか摘ままれるような理由を述べていたが、たぶん狐でもなんでもなく彼女の仕業で間違い無いだろう。


 しかしまあ蝋燭まで用意するくらいだったらカーテンを開けてはどうだろうか。

 いや、悪魔も吸血鬼同様日光がダメな可能性もあるか。

 それならば納得はいくが、疑問は増える。

 ならばそもそも窓なんぞ設けなければいいのではないだろうか。

 建売たてうりならまだしもこんな建物が量産型とは思えない。オーダーメイドならば要らないものは取り外しておくに限るだろう。

 一体何のためにつけているのか。

 窓は外界からの光を取り込むため、あるいは空気を取り込むために存在しているはずだろう。


……なるほど、空気を取り込むために存在しているのか。

 納得である。


 換気ならば日中はカーテンにより外界からの光を遮断、夜間に換気をするということだろう。

 もしそうであると仮定するとガラスなどの透明度のある素材を用いる必要を感じないのだが何故なのだろうか。

 まあ、この建物について少なからず私より熟知しているだろう彼女に聞いてみるのが手っ取り早いのだろうが、このようなしょうもないことを考え続けるのがまた、たまらなく好きなのだ。


 さて私の思考が一度終了したころ彼女が楽しそうに話しかける。

 いや、無理やり話し始めたのかもしれない。顔は見ていないからなんとも言えないが。

「しかしまあ、貴様よく生きておったものじゃな。

 建物?あれなんぞ煙が立ち込めて何か焼け焦げたようなにおいがしておったぞ?」

 そういえばそんなものあったな。

 異世界に気を取られて完全に忘れていた。

 建物だという仮定を彼女はしているようだが、たぶん宇宙船の事である。

 まあ、宇宙船について少なくとも彼女よりは熟知している私からしても建物であると言われて何ら違和感無く認識するほどだ。間違いない。

 彼女は悪くない。あの宇宙船の外観がほぼ正六面体ダイスなのが悪いのだ。

 アレを船、ましてや宇宙船だなどと理解できる人間がどこに存在するのだろうか。

 いや、しないだろう。

 よく言ってただの箱である。

 デザインのデの字もない。

 いや?近未来的現代アートなのだと言われれば一種のデザイン性になるのだろうか。

 まあいい。


 しかし、煙に焼け焦げた匂いか。

 船から焦げたような匂い、私が居た部屋の火災。

 強い衝撃。

 おそらくエンジン的な何かにダメージでも入ったのだろう。

 詳しいことはよくわからないが火災が発生していたのだ。

 スプリンクラーがあったとはいえ被害は大きいだろうことが予測される。

 そもそも技術レベルがあれほどまでに高度だというのに消火装置がスプリンクラーというのは、なんとも……。

 あ、返事をしておかなくては。

「そうですか」

 コミュ障か。

 彼女がせっかく話しかけてきてくれたのだから何か返さなければとは思っていたが、自分のボキャブラリーのとぼしさにほどほどあきれる。

 正直どのような返しをすれば話が続いたのかよくわからない。



 足音だけが廊下に響く。

 廊下を歩き続け、階段を降り、上る。

 普通の建物であれば必要のない行動だと思われるが、何故階段を上ったり下りたりしているのか。

 まあ、普通の建物ではないのだろう。

 何を以って普通の建物と定義するかはよくわからないが。

「ついたぞ」

 ドアだ。

 ここに来るまで数多あまたのドアを見た。

 他の部屋じゃダメだったのかと聞きたくなるが、まあ借りている側に選択権は無い。

「そうですか」

……コミュ障か。

 いや、そもそも彼女が「なんか言え」的なを取ってきたのが元凶だ。

 私は何も悪くない。

 彼女がドアに手を掛ける。

 ドアが開かれると広大な部屋が広がっていた。


 何もない広大な部屋が。


 さて、どういった状況なのか。

 彼女に話を聞いてみるか。

「えっとこれは?」

 彼女はすこししてから答える。

「うむ、そういえば家具を全部出したんじゃったな」

 “じゃったな”じゃない!知るか!

 楽しそうに笑っておられる彼女に内心全力で突っ込む。

「そうですか」

……書かんぞ?

「さて、どうしたものか。

 お主が気にせんのならばわらわの寝室でもよいが」

 いや、なぜだ。

 他にも部屋はあるだろう。

 腐るほどの扉を見せておいて部屋が他にないとは言わせないが。

「他の部屋は無いんですか?」

「他の部屋は空き部屋じゃのう」


……残りは何だ


 ほとんどが空き部屋だとして残りは一体なんだというのか。

 まあ、そこには詳しく触れないでおこう。

 空き部屋だとしても先ほどの部屋などもあっただろう。

「先ほどの部屋ではダメなんですか?」

 代案を提示してみる。

「あれが妾の部屋じゃ。

 お主が良ければあの部屋でも妾は構わんと言っておる」

 本気で言っているのか。

 ふむ、どうしたものか。

 彼女が気にしていない以上はこちらが執拗しつように気にしすぎるのも逆に失礼か。

……そうなのか?

「問題がなければ大丈夫です」

「そうか、ではそれでよいな」

 彼女にとっては問題ないのだろうが、こちらにとっては問題だらけだ。

 まずできるだけ早めに宇宙船の様子を確認する必要がある。

 私が今何をするべきかよくわからないが、宇宙船の状況を調べる必要があるのはこんな私にもよくわかる。

 あれは我々にとって大切なものなのだ。

 とりあえず彼女の監視が外れてからにしようと思ったが寝床まで同じとは、面倒である。

「そうじゃ、風呂に入ってくるがよい。

 家具やら何やらは明日買いに行くとしよう」

 外はカーテンがかかっていて見えないが、このうっすら入ってくる光は夕日なのだろうか。

 それとも家具やらを買いに行くのに遠出になるから明日にしようということなのか。

 まあ、それは置いておこう。

 確かに風呂には入りたいものだ。

 なにせ今日は散々な目にあったのだ。

「わかりました」

「うむ、では案内しよう」



 また彼女に連れられ廊下を歩く。どうやら次は階段を下りるらしい。

 闇の水面みなもにでもつかるように急に暗くなる階段を下りていく。


 階段を下りると今度は地下室だろうか。

 一切窓の無い不思議な空間だ。ほんとに暗く、先は一切見えない。

 彼女が持っている蝋燭だけが頼りだ。

 やはりカーテンが遮られているとは言え、日光様の力は偉大らしい。

 壁は石だろうか。等間隔で敷き詰められている。

 床も同様に敷き詰められているが、中央に敷物が引かれている。

 先ほど地上と思しき場所の廊下にも敷かれていたが、幅が広くまったく気にならなかった。


……いや?

 憶えている時点で気にはなっているのか?


 まあそんなくだらないことはどうでもいい。

 きっとゲームなどで出てくる洞窟など、いわゆるダンジョンはこのような感じなのだろうといった、良くも悪くも実にいい雰囲気の空間である。

 そのまま先を進んでいく。

 珍事はこの後すぐに起きたのだ。

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