2:第二話:異世界自認
いやいや、落ち着け。焦るなサクト。相手が吸血鬼だろうが悪魔だろうがなんら変わりはないはずだ。
何がともあれ、まずは彼女から話を聞き出す必要がある。
私は一旦冷静になると彼女を見た。
「そうか」
悪魔はそれだけ呟くとどこか遠くを眺めるような目をしていた。
何か感慨深いものでもあったのだろうか。
「忘れておった。
貴様は?」
その名を聞いて私は脳を照り付けるほど強く記憶の再来を感じる。
――
吸血鬼。名をばソルスティスは語ったらしい。
第七の大陸。その世界には見たこともないような生物が存在したり、日本語と酷似した言語が喋られていたりしている。
しかし不思議なことに彼女の語ったその大陸は地球上のどこを探しても見当たらなかったようだ。
その大陸には時折、変な言語を喋る人間が流れ着くことがあるらしい。
その存在をその世界では「異端者」と呼ぶのだとか。
――
それはさて置け、質問の処置が先だ。
さてこの状況、私には選択肢が存在する。
A、名前を名乗る。
B、偽名を名乗る。
C、逃げる。
いや、まあ三つ目は冗談に等しいが。
彼女はソフィア・ソルスティス。明らかに日本生まれではない名を名乗っていた。
もし私の解釈が世界と合致したならばここが異界である可能性もある。
まあ、彼女がとても日本語が達者な人物の可能性もあるが。
もし前者だとすると私は異端者になる。私の異端者に対する知識はたかが知れているが、実に響きがよろしくない。
酷い扱いを受けている可能性も十二分にあり得る。
この世界での異端者がどのような扱いであるかわからないにも関わらず自身が異端者であると
ならば先にここが異界であるかどうかを確かめるほうがいいか。
ではDで決定することにする。
「そもそもここは?」
「あーそうじゃな」
彼女はそうつぶやくと続ける。
「ここはヘヴェルス。
サディトウの辺境にある森じゃよ。
近所の村からは声無しの森と呼ばれておるかのう」
サディトウ。
ヘヴェルス。
ボク、知ラナイ。
「サディトウ?」
「うむ、大陸のそばに存在しておる大きめの島じゃな。
アデルフューバの名を知らんか?」
彼女が私の方を
申し訳ないが知らない単語が増えていく一方である。少なくともここが私の知っている土地ではない事だけは分かった。とすると彼女が今、日本語を喋っていること自体が変なようにも思えるが。
実は知られていない(または私が知らない)だけで我が国が秘密裏に所有している島だったりするのだろうか。
わからない。
何かココが異世界だと確信の持てる事象でも起これば話は早いのだが。
もしここがわかりやすい異世界だったならばメタ視点の何者かが異世界であると告げてくれたものを。神とか天の声とか第六感とか、あるいは賢者とか。
誰でもいい、誰でもいいから核心とやらを恵んでくれ。
「知らない」
「そうか。
お主ずいぶんと田舎者なんじゃな。
むしろ逆か」
むしろ逆?
あー、このあたりが田舎だという話なのだろうか。
「それともなんじゃ
記憶でも無くしてしまったのかの?」
記憶喪失!
私の選択肢にEが降ってきた。
なるほど、それも悪くないかもしれない。記憶喪失なのだとすればどのようなことに疑問を投げかけようともなんら問題はない。いや、むしろ自然であるし、それでいて私の名前を名乗らない理由にもなりえるだろう。
ゲームや漫画の主人公が定期的に記憶喪失にさせられるのもそのような利便性からだろうか。やはり先人の知恵は偉大である。
まあ、実際のところ記憶喪失で名前ごと忘れることは珍しいと思わないでもないが、今は気にしないでおく。
「うっ、頭が
何も思い出せない」
どうだ私の会心の演技は。
悪魔が冷ややかな目でこちらを見ている。
「まあ、そういうことにしておいてやろう」
……いまひとつのようだ。
まあ、効果がないよりはマシだと思っておこう。
「寝床くらいは用意してやろう、
じゃが思い出したらちゃんと話すのじゃぞ」
名乗りもしない
優しい悪魔だな。
ならば利用できるだけ利用させてもらおうか。
このように優しい人間も悪魔もやましい人間によって利用されるのである。
諸君、覚えておくように。
「あ、ああ、すまない」
「うむ」
彼女が立ち上がると
「部屋に案内しようと思うが、どこか痛んだりせんか?」
「多分大丈夫だ、あ、です」
忘れていたが彼女は身内ではないな。
というか彼女も何か文句の一つでもいいたまえ。
敬語なんぞ
使えていないように見えるのは気のせいである。
まあ、それはともかく。
この状態で大丈夫な以上は立ってみないとなんとも言えないのだが。
ベッドの淵に這いより、足を下ろす。
そうだな、とりあえずの感触としては……大変ベッドが広いといったところだろうか。
二三人は優雅に寝れるだろう。某落ちものパズルのように敷き詰めれば5、6人くらい入ってクリアのゼロ人だろう。2
そんなしょうもないことを考えながら
そういえばこの建物、というかこの部屋。見た目に反して土足ではないのか。
やはり日本なのか?それとも私の靴が用意されていないだけなのか。
彼女の足元を見る。
いや、彼女も
どうやら見た目に反して土足厳禁らしい。
彼女が心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫そうじゃな」
先ほどまでは気にならなかったが彼女、言動に対してずいぶんと身長が低いようにも感じる。
女性の平均身長はこんなものだろうか。
いや、私の価値観や記憶が間違っていなければ明らかに小さい。
少なくとも私よりは身長が低いだろう。
私とて低くはないとも高い方ではないのだが。
「では
彼女が先程の布、ローブか何かなのだろうか。を手に取る。
彼女の後について行き部屋を出る。
あまり気にはしていなかったが、この建物少々暗い。
部屋にいた時もカーテンが閉まっていて暗かった。
てっきり寝ている人間への配慮かとも思っていたが、そうでもなさそうか。
部屋が移動したもののまだカーテンが閉まっている。
悪魔は吸血鬼同様暗い場所がお好みなのだろうか。
いや、吸血鬼は日光がダメなだけで暗い場所が極端に好きというわけでもなさそうなものだが。
しかし、この部屋、一体なんだろうか、視界に見切れるほどの細長い部屋である。
廊下か何かだろうか?
廊下があるような建物など珍しい気もしないでもないが。
あったとしてもビルやマンション、学校、あるいは研究所か。
どれも違和感が強い。
一体ここは何なのだろうか。
そんなことを考えていると彼女が口を開く、
「さすがに人間には暗いかのう?」
「まあ、そうですね」
一応返事をしておく。
そのように言うからにはやはり
悪魔にはこの中でも普通に見えていたりするのだろうか。
「どれ」
そういうと彼女は手を前に出す。
すると部屋の隅に点々と火が付く。
どうやら
電気を用いた偽物の蝋燭を見ることはあったが、なるほど最近では遠隔、それもコントローラーどころか音声ですらなくジェスチャーで操作が可能になったのか。
時代は進歩したものである。と、蝋燭を見る。
どこをどう見てもただの炎とただの蝋燭である。
「よし、では行くとするかのう」
「ま、待て!
今何をした」
また忘れている。
仕方ないだろう。
当時は驚きで思考が追いついていなかったのだから。
彼女が私の言葉に反応し振り向くと少しして口を開く。
「ああ、そうか。
魔法じゃよ。
悪魔の魔法を見るのは初めてかのう?」
魔法?
その言葉を当り前のように発する彼女を見て私は即座に状況を理解した。
私はどうやら、異端者になったようだ。
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