学者が異界を制するには

種書 一樹

異界研究部の実体験(序章)

序章:経緯について述べるなら

1:第一話:学者と悪魔と吸血鬼

 私が動かさんとボタンらしきものに触れると宇宙船はきしみ、辺りは騒音に包まれる。

 騒音が行き場を失うと続けざまに船内は激しく揺れる。

 揺れる。

 大きく揺れる。

 やがて揺れは山場を抜け、収束の予兆を見せると私は強い衝撃を以って宙を舞う。天井に叩きつけられ伸ばされた私は衝撃の収まりとともに床へと引き渡される。

 私は背中を突き抜け腹へと延びる痛みにうなされながらあたりを見渡した。

 部屋は火に包まれ、その上から水が注がれる。

 私はすすがれながら身動き一つ取ることも叶わなかった。




 やがて機械仕掛けの雨もやむころにはさすがの私もこの環境から脱することを考える。 

 そろそろ痛みの一つでも引いて、腕の一本でも動いてくれていいと思うのだが、どうも身体とやらは動いてくれそうもない。

 かろうじて首ぐらいは動く程度だ。

 私は意識とともに部屋の出口へと視線を向ける。

 身体はなお動かず、首すら重たくなってきた。

 意識がだんだんと遠のいていくのを感じる。

 突然扉が唸り声を上げる。

 扉の裏から何か姿が見える。アレは何だろうか?

 髪は長く、背は低い、少女か何かだろうか。

 その後ろには力強い羽をたずさえ……羽?



 私の記憶にあるのはここまでだ。



 目を開ける。

 天井が近い。

 私はすぐに何を被ったのかを思い出す。

 何か心地が良いのも相まって、てっきり死んでしまったのではないかと思い視界に自身の手を入れてみる。

 動いた。左手は問題なさそうだ。

 続けざまに右腕も動かす。どちらも健在である。

 どうやら二体は満足しているようだ。

 痛みは微塵みじんも感じられず、むしろ元気なほどである。

 辺りを確認しようと起き上がる。


 下半身が無い。


 と一瞬発狂しそうになったが、どうやらベッドで寝かされていたらしい。

 めくってみると二体の足が確認された五体満足のようである。

 あとは脳だがこれだけ喋っているのだ。頭部にも異常はないだろう。

 記憶だけが心配だろうか。

 私の名前は夜京ヤキョウ 作斗サクト

 見ての通りとある研究機関にて学問を広げたり深めたりする仕事、いわゆる学者をしている。

 いや、白衣だけでは断定できないか。

 まあ、とにかくそんな人間だ。

 事の経緯だが、そうだな。

 話すと長くなるため短く意訳すると、ある宇宙船の有人実験を行ったところ事故った。といったところだろうか。詳細は私にもわからない。

 ここまで思い出せれば問題ないだろう。

 残りは多分黒歴史だ。


 さて、身の安全が確保されたところであたりを見渡してみる。

 まず早速私の視界を柱のようなものが横切る。

 天井が近いように錯覚していたが、どうやらベッドに備え付けられた天蓋てんがいのようだ。


 なんだろうか、決して天蓋にそのような性質があるわけではないと思うのだがこのベッドの持ち主が女性なのではないかとか思ってしまう。

 なぜそんな気がしてくるのだろうか。創作物でよくお姫様とかが使っているイメージがどことなくあるからだろうか。

 それなら高貴であるというイメージが植えつけられるべきではないのか?

 いや、野郎の寝室描写があまりされないからか。

 イメージというだけでどっちが使ってようと私はどうでもいいのだが、どちらにせよ虫よけとして機能していた天蓋をこのような大化学薬品時代に利用する価値はあまり見出せない。

 もともとは違う用途だったか?まあ天蓋議論についてはこの辺にしておこう。


 もう少し遠くへと目を向ける。

 大きな部屋だ。イメージでは教室よりは一回り小さい程度だろうか。

 目測36畳程度。ようするに私が36人は余裕で寝転ぶことができる程度の広さだ。

 とても分かりやすいだろう?


 深いカーテンがかかっていて日の光の一本も部屋に差し込んでいない。

 いや、回析光とでも呼ぼうか。数に数えるに値しない淡い光はあるが。

 家具は少なく、どれを見ても上品というのか、可愛らしいと言うのか、あるいは凝っているとでも褒めるべきか。

 どうしても私の中では所有者女性説が私の中で最有力仮説になっている。


 見回して気づいたが、部屋はそれほど大きくはないのだろうか?家具が少なく変な感覚になっている?

……そもそもで言えばまずどこからが大きな部屋になるんだろうか。

 わからないが、とにかく読んで字の如くの寝室と言った、現代にはあるまじき質素な感じだろうか。

 まあ、そんな言語への不敬な疑問はともかく、不思議な光景を見せつけてくる部屋だ。


 不思議な光景と言えば、先ほど見て取れた少女。

 アレは一体何だったのだろうか。

 背後に、いや背中に羽の生えた少女。

 記憶にはそのように刻まれているが、どうにも光景が浮かばない。

 言語化されていて画像として取り出せないとでも表そうか。

 とても歯がゆい。

 この現状を明らかにするための手がかりは彼女だけだ。

「まず彼女に話を聞かなければな」

 私が行動目標を明言した時、視界の奥、部屋の出口らしき扉から声が聞こえる。

「呼んだかのー」

 扉が開かれるとそこには先ほどの少女の姿が見える。

 その姿を見て脳裏に先程の光景が鮮明に描かれる。


 落ち着いた色合いの服に赤い目、金糸を彷彿とさせる髪、そして背中から伸びる竜や悪魔を模すような力強い羽。

 この部屋によくなじみ違和感のない異国情緒を放っている。

……なぜか喋っている日本語、その他不純物を取り除けば。


 彼女が扉を閉めこちらへと向かってくる。

 しかしなぜだ。彼女が扉を閉めんと後ろを向いた時、今もだが、羽が見受けられない。

 彼女が蝋燭を持ちながらこちらへと近づいてくる。

「どうじゃ?体の具合は」

 なぜ彼女の背中に羽がない?

「羽はどうした?」

 彼女がその言葉を聞いて冷めきったような眼を向けてくる。

「なんじゃバレておったか」

 そのようにつぶやくと彼女は背中を覆っていたらしき布、ローブだろうか。脱ぎ始める。

 案外わからないものだな。ただの布切れ一つでこれだけ力強いものを隠していようとは。

 彼女は脱ぎ終えるとそれを軽く畳むようにして蝋燭を持つ腕にかけながら私の居るベッドと窓の間に来る。

「どうじゃ?恐ろしいか」

 冗談のようなセリフだが彼女の顔は決して笑っていなかった。

 ただ単純に私がおびえたかどうかを確認している。そんな冷淡な顔だった。

 恐ろしいかどうかを問われれば驚きこそすれどそこまで恐ろしくはない。

 恐ろしくないというと嘘になるが、同じ境遇の人物を知っている。

「いや、むしろ親しみやすくていい。

 同じ境遇の人間を知っている」

 私の言葉を聞くと彼女は一つ笑い、窓枠だろうか。カーテンを窪ませるように腰を掛ける。

相手に同じ境遇のと来たか。

 そやつはさぞ数奇な人生を送っておるのじゃろうな」

 私はその言葉を聞き、内心めいっぱい首をかしげる。

 ただただ疑問が吹き出し、理解が追い付かなかった。

「悪魔……なのか?」

 一瞬、ほんの少し驚いたそぶりを見せるも彼女が笑いながら返事をする。

「逆になんだと思ったんじゃ?」

 彼女がジョークでも返すような返事をしたことで私の脳は現状を理解し、焦燥がなお降り積もる。

 いや、まてまて!私が知っているのと話が違うぞ?私が知っているのは……!

「あ、ああ、いや、な、なんでもない」

 彼女が首を傾げるが、そんなことはどうでもいい。

 今重要なのは目の前に居るUMAユーマであるということだ。

 私が知っているのは


 なのだが。


――

 少し昔話をしよう。

 研究所われわれは諸事情があり吸血鬼を保護することと相成った。

 私はその後どのような仕打ちを受けていたかは知らない。

 そこまでひどい人体実験はしていないと信じたいが、少なくとも吸血鬼から話は聞き出したようである。研究所でその取り調べについての調書を読んだ。

 その中で印象的だったものがある。

 学者としては、いや極一般的な大人としてみても信じがたいについての記録である。

 真偽は不明だが吸血鬼からの情報の一つに魔法なるものが存在している。

 世界に対して自らの意思を伝えることで様々な事象を発生させることができるなどという不可思議ふかしぎな技術である。

 それだけではない。彼女は他にも不思議な話をしていたそうだ。

 世界から完全に隔絶かくぜつされている第七の大陸についても示唆しさしていた。魔法が存在し、科学を凌駕りょうがした常軌じょうきいっする大陸の存在。

 仮称を「異界」。

 そう、異世界の存在である。

 私はその文献を読んだ時に自分らしからぬと言い切ってもいい。今までにないほどの高揚を覚えた。

――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る