10
検問を通過するための検査が済むのに丸二日を要した。
手続きの完了まで町の宿に泊まり、タガネが身辺の警護を担って三人の安全を保証し、警戒の目を光らせる。
砦付近で連続した刺客の出現。
その襲撃密度から考えても不審なほど、検査が終わるまでリンフィアを狙う暗影は見受けられなかった。
何事もなく終わる。
それは願ったようで、最も不穏な結果の到来の予兆になる。
傭兵業で培った経験則が警鐘を鳴らす。
そんなタガネの憂慮も知らず、リンフィアは笑顔で検問に立っていて。見送りに来た剣士の眼差しに、三人が腰を直角に折って一礼する。
目尻に涙を浮かべてリンフィアが笑顔を見せた。
「本当に、ありがとうございます!」
「傭兵への返礼は、言葉より金だ」
「貴様……!」
「それが仕事の鉄則だろうが」
シュバルツが食ってかかる。
タガネはその態度にうんざりした顔だった。
しかし、当初に比べていくらか緩和している節がある。いや、あるか無いかが微妙なほどだが。
リクルが彼を諌めて。
「お世話になりました」
「ああ」
「報酬は後日、また」
検問の亜人に連れられてリンフィアたちが通路へと進んでいく。
壁の向こう側へと続くトンネルを抜ければ、そこは亜人たちが築いた彼らだけの平穏が根差した世界が広がっている。
どんなところだろう。
タガネには予想も付かない。
「なあ、リクル」
「はい?」
去り際にタガネはリクルを呼び止める。
「俺は傭兵だ」
「はい、存じてますよ?」
「ああ」
リクルは訝しんで体ごと向き直る。
タガネは言葉を選んでいるようだった。
きっぱりと物を言う彼らしくない。
「深くは訊かない、言わない」
「……?」
「リンフィアを、悲しませんでくれな」
二人の間に沈黙が流れる。
リクルが吃驚していた。その唇は、言葉を探して半開きのままである。
少しして、まるで動揺を隠すように穏やかな笑みを浮かべた。
「……それも、傭兵の流儀に含まれますか?」
「どうかな」
「そうですか」
リクルが笑った。
それは、喜色ではない。偽りきれない感情の
複雑で、しかし明確な感情を物語っている。
凄惨な笑みだった。
「報酬は輸送になりますね」
「それで良い。委細そちらの裁量に任せる」
「では、また」
「いや」
タガネは首を横に振る。
「二度と会いたくないね」
「そう、ですか」
「出来ればな」
リクルは背を向けて通路へ。
タガネは黙って見送った。
通路の奥へと三人の影が消えたので、踵を返して町の雑踏へと加わる。依頼は達成した、報酬については……考えなくて良い。
宿への道の途中で足を止めた。
人混みに紛れて複数の黒衣が揺らめいている。
タガネは失笑を禁じ得なかった。
「仕事が早いな」
黒衣から目を逸らさず、小路へと駆け込む。
平屋が建ち並ぶ隙間を縫う
日の差さない薄闇の中を突き進むタガネは、後方から追走する足音を数えた。
一つ、二つ、三つ……。
屋根上にも、同じ気配がある。
そんな彼らを導くように進み続けた。
そして行き止まりの壁に阻まれる。
振り返ると、退路は塞がれ、頭上から影を落とす影たちに包囲されていた。
タガネは剣を抜いて構える。
この狭さでは、剣を満足に振れない。
それも承知の上だ。
この襲撃も、誰が送った刺客かも。
「その花にお似合いの男だよ」
影たちが一斉に動く。
「なあ、リクル」
タガネは泰然と待ち構えた。
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