三話「境の逃げ宝」下編



 とある屋敷で。リンフィアたちは窓外そうがいの雨天を見て無聊を慰めながら部屋に待機している。

 検問を通り、示し合わせた通りに待ち構えていた使者の案内を得て、ここへ辿り着いた。リンフィアは獣国の景観に心踊らせていたが、同行者二人の表情は固い。

 特に、リクルは別人のようだった。

 さながら無機質で冷たい人形。

 あれだけ表情豊かだった相貌には、感情の一つすら色を見せない。

 リンフィアは当惑した。

 シュバルツに限ってはどこか安心した面持ちである。

 彼はリクルに耳打ちする。


「剣鬼の処理は、どうなりましたかね?」

「大丈夫ですよ」

「しかし……」

「国境攻略に充てるはずだった精鋭」


 その言葉にシュバルツの顔が凍りつく。


「ま、まさか……!」

「『拳聖けんせい』を派遣しました」

「たかが一人に……」

「剣鬼侮るべからず――これが各国共通の認識ですよ」

「そう、ですね」

「むしろ、砦の戦など些事です」


 リクルは淡々と告げた。

 同室のリンフィアは、唖然としている。

 こんなリクルを見たことは無い。それだけでなく、その口振りはタガネを陥れたとも聞こえる。

 リンフィアは、自身の誤解だと否定する。

 優しいリクルに限って、そんなこと。

 それでも――その本人の顔は、見たことがないほど冷たい。

 シュバルツは平然としている。

 リクルの一面として知っていたのか。

 疑心ばかりが膨らむ。


「しかし、これで」

「事は進みますね」


 リクルが微笑んだ。

 ぞっとするような冷笑である。


「さて」

「この交渉が予定通りに遂行されれば」

「ええ。……帝国も王国を消せる」


 部屋の扉が叩かれた。

 開けられた隙間から、亜人が顔を出す。


「面会の準備が整いました」

「わかりました」


 リクルが立ち上がる。


「行きましょうか」


 怯えるリンフィアの手を取った。

 いつもの優しさなど何処へ行ったのやら、半ば強引に立たせる。


「これで我々の勝利だ」



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