深緑のみなぎる森を左手に見て、タガネたちは崖の上から南の風景を眺望する。

 遠くには南西の検問があり、獣国全体は堅牢な壁で囲われている。

 領土自体は王国ほども無い。

 それでも、亜人固有の人間を上回る身体能力などの兵力は、数こそ劣るが他国の侵略を退けて領土を確保するだけの力がある。

 人の国に寄す処のない異形たちがり沿い合ってできた国。

 これから、そこへ踏み込もうとしていた。


 検問前の町に着く。

 タガネ一行を包む空気が少し和らいだ。

 獣国は王国との親交がある。平等政策を実施してから、友好的に貿易を行っていた。

 賑わう巷に人種の隔たりは無い。

 検問を正面に見据えて続く一本道の両脇に並ぶ店は特産品が並んでいた。

 文化の混淆こんこうした風景は、この町特有の彩りである。

 タガネは返り血のついたコートを脱ぎ、たたんで脇に抱える。


「ようやく手前だ」

「そ、そうですね」

「はは……つ、疲れた」


 タガネの背後で明らかに顔に憔悴の色を湛える三人。

 河原から襲撃がぷっつりと途切れ、追手らしき影も無い。やや休息を取らず足を急かせたのもあり、狙われている者の精神的負担も相まって疲労がありありと窺える。

 タガネが背後を顧みた。


「依頼は獣国まで、だったな」

「ええ」

「検問まで送れば良いな」

「え?中に入らないんですか」

「無理だ」


 タガネがコートを掲げて見せる。

 リンフィアが小首を傾げた。

 返り血の付いたそれが原因なのか。


「血の臭いがするだろ?」

「え、はい。……あ」


 コートからは、確かに血臭がする。

 しかし、その中に独特なものが混じっていた。亜人種だからこそ嗅ぎ分けられるほんの小さな徴憑ちょうひょうだった。

 リンフィアが鼻を手で覆う。


「亜人種の血」


 それは、河原で斬った熊の亜人の血。

 まだ新しいからこそ臭いも強烈だった。

 だからこそ。


「これだと、亜人狩りだと誤解される」

「あ」

「検問で捕縛されるだろ」


 亜人を虐げる思想の持ち主。

 それは獣国にとって断罪すべき悪である。

 たとえ無実の罪でも、容疑をかけられた時点で敵視は免れない。国境を跨ぐことはなおさら出来なくなる。

 タガネは肩を竦めた。


「だから、おまえさんらだけで通れ」

「でも」

「臭いも十日は落ちんだろう」


 リクルへと視線を移す。

 彼はそれを承知してうなずいた。


「報酬は後日届けます」

「……ああ」

「では、僕らは宿の予約をしますね」


 リクルがシュバルツを伴って宿へ向かう。

 タガネはその背中を見ながら。


「リンフィア」

「あ、はい?」

「リクルと出逢ったのは、いつ、何処だ?」

「ええ、そんなに気になります~?」

「……ああ」


 苛立ちつつもリンフィアに訊ねた。


「五年前です」

「たしかガーディア戦争か」

「ご存知なんですね!」

「まあ」


 タガネは思わず視線を逸らす。

 ガーディア戦争は、侵略を企む帝国と獣国の間で起きた争いである。ガーディア平原で十三日間にわたった長丁場の戦だった。

 そのとき、タガネは帝国側に雇われていた。剣鬼として有名になった戦の一つである。

 リンフィア相手には複雑な心境だった。


「そのとき、私も近くにいて」

「あ、ああ」

「獣国の防衛大臣が討ち死にして」

「……知ってる」


 何せ、討ち取ったのはタガネである。


「獣国の勝利で終わって、国境の砦の跡地に来たときにリクルと」

「出逢ったのか」

「はい。そこで花を」


 タガネは眉根を寄せる。


「そのとき、跡地に咲いてたのか」

「え、いいえ」

「……なるほどな」


 タガネは頷いて、眉間のしわを険しくさせた。




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