三人は山を脱して山の街道に出た。

 路傍に店が並んで賑わった道を、タガネたちは上から見下ろす山腹にいた。買い出しに出たリクルと眼鏡の男の小さな影が店前の列に加わるのを見守る。

 そのかたわらでリンフィアは野草を眺めていた。

 花を一輪だけ手に取る。


「剣士さん」

「何だ?」

「この花を知っていますか?」


 振り向いてリンフィアの手元を見る。

 橙色の花弁を持つ花だった。

 タガネも放浪の旅の途上で、幾度も見ている。発祥は帝国、だが今や世界中で嫌でも目にする野草の種類だった。

 王国と帝国の反目は昔から続く。

 両国の諍いに参加する最中、タガネはそこで戦場に咲くそれを忌々しく思っていた。

 タガネは卑屈に笑う。


「おまえさんは知ってるだろうか」

「え?」

「その花、赤を垂らすと花弁が白になる」

「白、ですか」


 タガネは花の一輪を摘む。

 そこに、服に着く返り血をこすり付けた。

 すると、橙色が抜け落ちて白百合のようになっていき、一枚だけでなく全体が染まる。

 それをリンフィアの前に差し出した。


「名前はご存知で?」

「いえ」


 リンフィアが首を横に振る。


「『リギンディアの花』」

「リギンディア?」

「かの亡国で、“偽善王”と渾名あだなされた王の名前だ」


 リンフィアが白い花を面前に持つ。

 タガネは再び街道に視線を移す。


「よく他国を侵略するくせに、清廉潔白な正義だとか言って自国の場合に限って人殺しをとする」

「そんな由来が……」

「しかも、その花は人の血中に含まれる成分でしか成長しないとか。だから戦の跡地に育ちやすい。あの帝国はその国の跡地に建ったらしい」


 タガネが花の花弁を散らした。

 それを足下に放棄する。


「知らなかったか」

「はい。でも好きです」

「ほう、それはどうして」


 リンフィアは花を胸に抱える。

 その相貌が柔らかく笑みを深めたとき、空気が華やぐように錯覚した。

 タガネは思わず魔剣の柄を握る。

 こういう笑顔が後顧の憂いを大きくするのだ。

 タガネは煩わしさで険相になる。


「だってリクルが」

「リクル?」

「リクルが初めて会ったときにくれた花ですから」

「この花を、か」


 タガネは散らした花を見遣る。

 戦地に咲く花を少女に贈るとは風情が無い。その由来から何まで、いささか相手に対する非礼とも受け取られる。

 人の骸を苗床にする、おぞましい花。

 リクルも、起源を知らなかったのか。


「すみません。いま戻りました」


 タガネが思索すると、丁度よくリクルたちが糧食を持って戻った。

 屋台に出ていた串焼きの肉と水である。芳しい香りを漂わせて空腹を誘う。

 リンフィアが飛び付いた。

 リクルが苦笑しながら差し出す。

 タガネは、嫌々な眼鏡の男から手渡される。護衛の道中、ずっと邪険に扱われるとなれば、いつか寝首を掻かれるかもしれない。

 能天気に笑うリンフィアが憎らしい。

 全員でそれをぱくついた。


「それで、剣鬼殿」

「何だい?」


 リクルが串焼きを片手に隣に座る。

 タガネの目は街道に集中していた。


「進路の話なのですが」

「南の鉱山に向かう話か」

「は、はい。早く行った方が良いのでは」

「なぜ?」


 タガネは淡々と訊ねた。


「炭鉱夫が使う道を使う路は本来危険です」

「ああ」

「おそらく山中にある道は、炭鉱夫しか知らないだろうし、それに相手に出口を塞がれてしまう危険性も。だからこそ、敵のその裏を掻いて動ける……案内は、そこで働く者に頼めば何とかなるかと」


 リクルの懸念はもっともだった。

 炭鉱の道は複雑で、実際に働く者でも知悉ちしつしている者は少ない。簡易地図は一般的に出回るが、炭鉱ではよく崩落事故もあるので、傭兵や旅人も使うことは滅多に無い危険な捷径ちかみちである。

 タガネは、そこに精通してはいない。

 道案内を雇い、追手との距離を稼げるだろうが、敢えて袋小路に突っ込む愚挙に思われる。

 そうまでして急ぎたい――か。

 タガネは鼻で嗤った。


「そういえば」

「はい?」

「リギンディアの花は知ってるか?」

「ええ」

「そうか」


 それから先、タガネは無言で食事を続けた。



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