砦の下町を脱した後、リクルたちは南の森に隠れていた。

 後ろは世に名高い剣鬼が盾となってくれたが、防ぎ果せない可能性もある。大事を取って、指示通り国境添いを進んですぐの林間に身を潜めることにした。

 示し合わせた合流地点は決めておらず、何より、あの刺客と戦って無事かも不明、タガネと再会できる保証は無かった。

 木陰に三人は座して待った。


「まさか初っ端からこの調子とはね」


 リンフィアは膝を抱えて眠っている。

 眼鏡の男が頻りに周囲を見回して警戒していた。

 リクルは空を見上げる。

 まだ雨は降っていた。


「大丈夫かな?」

「誰のことですか」

「タガネさんのことだよ」


 眼鏡の男はふんと鼻を鳴らした。

 つくづく気に入らないらしい。


「あれが剣鬼」

「本当に強い方だったね」


 二人の脳裏に蘇る。

 鮮やかに二人を葬った手練は、明らかに戦場で研ぎ澄まれた代物だった。実力として申し分無いといえど、人格から信用が置けない。

 相手を斬り伏せる後ろ姿。

 まるで禍々しい悪鬼のようだった。

 もし、に雇われていたのなら、どんな護衛を雇ったところで今よりも不安だっただろう。

 戦慄と安堵が綯い混ぜとなっていた。

 リクルは苦笑する。


「こちらは剣鬼を雇った」

「それが第一条件」

「あとはリンフィアを獣国に届ける」

「さすれば――」


 リクルが口元の笑みを隠してうなずく。

 隣のリンフィアを斜視した。


「これで王国の土地を……」

「控えましょう。軽率ですよ」


 眼鏡の男が言葉を遮った。

 リクルも自分の口元を手で覆う。

 その直後、近くの藪から葉擦はずれの音がした。眼鏡の男が身構えて、リクルはリンフィアを抱き寄せて庇う。

 やがて。

 樹間じゅかんの薄闇からタガネが現れた。


「合流できたな」


 飄々とリクルの前に腰を下ろす。

 外見からは傷がなかった。衣服に付着しているのも返り血である。

 タガネが懐中から何かを放り出す。

 それは、折れた短剣だった。


「やはり、敵は帝国か」


 短剣の柄元には獅子の意匠があった。

 帝国は、獅子を国獣として扱い、帝王の家系が纏う装束にもあしらわれている。

 この意匠が何よりもの証拠だった。


「やれやれだな」


 タガネが自身の肩を揉む。


「そ、それは何よりですが」

「どうしてここが」


 二人がまじまじと彼を見ながら問う。

 タガネが全方向を見回した。


「こんなに敵に包囲されてたらな」

「えっ」

「その中心におまえさんらがいるだろうと」


 リクルたちの顔が引き攣る。

 包囲されている気配はなかった。脅威が迫っているのに隠れられているつもりだったのである。

 タガネが首を竦めた。


「全滅させといた。阿呆あほうめ」


 その反応が物語っている。

 彼らの隠密の程度がありありと窺える。

 よくも、今日まで生き延びられていたと不思議に思えるほどに杜撰だった。獣国の要人を守る人材なのか?

 タガネは地図を開いた。

 王国西部を細かに記載している。


「さて」


 リンフィアのすねを軽く蹴る。

 彼女は痛みに悲鳴を上げて起き上がった。


「改めて進路を決めようか」


 リクルたちが呆然と彼を見る。

 改めて?


「敵が予想よりも多かった」


 淡々とタガネが告げる。

 杜撰なのは、一体どちらだろうか。

 眼鏡の男が頭を抱えて長嘆の息を吐いた。




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