5
砦の下町を脱した後、リクルたちは南の森に隠れていた。
後ろは世に名高い剣鬼が盾となってくれたが、防ぎ果せない可能性もある。大事を取って、指示通り国境添いを進んですぐの林間に身を潜めることにした。
示し合わせた合流地点は決めておらず、何より、あの刺客と戦って無事かも不明、タガネと再会できる保証は無かった。
木陰に三人は座して待った。
「まさか初っ端からこの調子とはね」
リンフィアは膝を抱えて眠っている。
眼鏡の男が頻りに周囲を見回して警戒していた。
リクルは空を見上げる。
まだ雨は降っていた。
「大丈夫かな?」
「誰のことですか」
「タガネさんのことだよ」
眼鏡の男はふんと鼻を鳴らした。
つくづく気に入らないらしい。
「あれが剣鬼」
「本当に強い方だったね」
二人の脳裏に蘇る。
鮮やかに二人を葬った手練は、明らかに戦場で研ぎ澄まれた代物だった。実力として申し分無いといえど、人格から信用が置けない。
相手を斬り伏せる後ろ姿。
まるで禍々しい悪鬼のようだった。
もし、相手側に雇われていたのなら、どんな護衛を雇ったところで今よりも不安だっただろう。
戦慄と安堵が綯い混ぜとなっていた。
リクルは苦笑する。
「こちらは剣鬼を雇った」
「それが第一条件」
「あとはリンフィアを獣国に届ける」
「さすれば――」
リクルが口元の笑みを隠してうなずく。
隣のリンフィアを斜視した。
「これで王国の土地を……」
「控えましょう。軽率ですよ」
眼鏡の男が言葉を遮った。
リクルも自分の口元を手で覆う。
その直後、近くの藪から
やがて。
「合流できたな」
飄々とリクルの前に腰を下ろす。
外見からは傷がなかった。衣服に付着しているのも返り血である。
タガネが懐中から何かを放り出す。
それは、折れた短剣だった。
「やはり、敵は帝国か」
短剣の柄元には獅子の意匠があった。
帝国は、獅子を国獣として扱い、帝王の家系が纏う装束にもあしらわれている。
この意匠が何よりもの証拠だった。
「やれやれだな」
タガネが自身の肩を揉む。
「そ、それは何よりですが」
「どうしてここが」
二人がまじまじと彼を見ながら問う。
タガネが全方向を見回した。
「こんなに敵に包囲されてたらな」
「えっ」
「その中心におまえさんらがいるだろうと」
リクルたちの顔が引き攣る。
包囲されている気配はなかった。脅威が迫っているのに隠れられているつもりだったのである。
タガネが首を竦めた。
「全滅させといた。
その反応が物語っている。
彼らの隠密の程度がありありと窺える。
よくも、今日まで生き延びられていたと不思議に思えるほどに杜撰だった。獣国の要人を守る人材なのか?
タガネは地図を開いた。
王国西部を細かに記載している。
「さて」
リンフィアの
彼女は痛みに悲鳴を上げて起き上がった。
「改めて進路を決めようか」
リクルたちが呆然と彼を見る。
改めて?
「敵が予想よりも多かった」
淡々とタガネが告げる。
杜撰なのは、一体どちらだろうか。
眼鏡の男が頭を抱えて長嘆の息を吐いた。
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