タガネは平屋を出た。

 外はすでに雨が降っている。軒を打つ雨垂れの音が騒がしい。

 背後にリクルたちを連れ歩きながら、目深に頭巾を被り、銀髪を隠した。


「国境添いに南下する」

「危険では?」

「そう考える敵の裏を掻く」


 リクルの背中を押して先頭に立たせる。

 互いに陰険な睨み合いを続ける王国と帝国の間に生じる緊張感に満ちた場所は、迂闊に動くと却って敵の目に留まりやすく、最悪は戦争に巻き込まれかねない。

 そんな危険な道に躊躇う面々は、しかし腕の立つと噂のタガネならばと指示通りに従う。渋々と言った足取りにその心の動揺がありありと浮かんでいた。

 そんな三人の様子をタガネは鼻で笑いつつ、振り返ったリクルに続き、二人を前へと押し出す。

 そして、自分は後ろへ退いた。


「俺は少し離れたところから」


 リクルはその指示に小首を傾げる。

 要領を得ないそれに、難色を示しながらも大通りへと進み出た。リンフィアと眼鏡の男が猜疑心で瞳を揺らしながら後続する。

 その背中を見送ってから。


「よし、行くか」


 タガネは平屋の屋根に手をかけて登った。

 屋根伝いに駆けて、三人を追走する。

 大通りを上から眺める位置から、護衛対象とその付近にある人影の位置を確認した。忍び寄る危険な影はいまのところ無い。

 町の出口は一つ。

 そちらに向かって三人の足先は運ばれる。

 タガネは剣の柄に手をかけた。

 これは『大切なもの』の骨で造った代物。

 人の血で汚すことで、弱い自分との再決別ができる。敵影が出れば、即座に斬り捨てる覚悟で目を光らせた。

 剣呑なタガネの胸中とは無関係に三人の足はつつが無く出口へ。


「よし」


 タガネは屋根の上から飛び降りる。

 大通りの路地に立った。

 そして剣を抜いて、ゆっくり三人に忍び寄る。


「やろうか、レイン」


 手にした魔剣が微かに震える。

 振り上げて――リンフィアのフードを叩き斬った。


「きゃっ!?」

「な」

「はあ!?」


 隠れていた獣の耳と、顔が露になる。驚いた彼女が、頭を抱えながら振り返った。

 リクルさえも目を剥いている。

 眼鏡の男が腰元から短剣を抜いた。


「貴様、何をする!?」

「こうすれば、出てくるだろ」


 意図が掴めず、リンフィアは怯えていた。

 タガネが出口の方を顎で示す。

 すると、行く手を阻むかのように二人の黒衣が大通りに躍り出た。


「ほらな」

「は、はい?」

「こうだろうと思っていた」


 タガネは目を細めた。

 リンフィアを獣国へ送り届けた場合の報酬。

 リクルは「望むままに」と応えた。具体的な量も提示せず、ただタガネの要望全般に応えられる用意があるかおである。

 リクル自身には、報酬を出しおおせる力は無さそうだった。

 つまり、リンフィアを獣国に届けた後で身柄を保護した何者かが報酬を支払うということ。

 リンフィアが獣国で重要な身分、あるいはその家柄の出身だと判る。そんな人間が砦に潜伏していて所在が知られていないはずがない。下町にも刺客は潜んでいる。

 そして、リンフィアを殺したい人間たちにとって彼女が顔を隠しているのは好都合。こんな砦でその高貴な面をさらしたまま処分すれば、傭兵や騎士団を起点に噂が立つ。

 殺した刺客の出所も突き止められる。

 だからこそ、顔を晒して歩けば、大通りで手を出すのは容易ではなくなる。

 そして、もう一つ。

 相手がその場合への対策として取るのは。


「炙り出せるのは別の刺客」


 敵を殺した後の事後処理も徹底した存在。

 たとえ衆人環視に晒されようとも誰にも正体を悟られず、その後の痕跡を残さず仕事を淡々と遂行する――つまりは手練てだれの暗殺者。


「あれは危険だな」


 現れた黒衣の二人にタガネは苦笑する。

 このまま無警戒で出口に向かっていれば、そのまま殺されていただろう。


「さて、仕事だな」


 タガネはリンフィアの前に立った。

 魔剣と、もう一振りの剣を構えて、出口前に待ち構える二人に突きつける。

 黒衣が短剣を抜き放ち、低く前傾姿勢で駆け出した。


「俺のそばを離れてくれるな」


 前に一歩だけ踏み込む。タガネは剣を後ろに引き絞った。刃が正面から見えないよう角度を工夫する。


サンっ!!」


 タガネが前に飛び出すと、黒衣が左右に散った。

 両脇から、短剣を突き出して挟撃を仕掛ける。


「まずいぞ!」

「タガネさ――!」


 眼鏡の男とリクルの顔が凍りつく。

 タガネは地面に剣を突き立てた。

 そのまま――地面を蹴って、剣を支えに宙で逆さになる。

 タガネがいた過去位置を、短剣が通過した。黒衣の下の眼差しが二つ、頭上で翻る銀の剣士の影に注がれる。

 タガネは黒衣が過ぎ去るかの際どいときに地面に降り立つや、魔剣で一人の首をねた。

 続いて再度攻撃を仕掛けんと身を巡らせた黒衣の喉に剣先を叩き込む。貫いた部分から、少しずつ体がしぼんでいく。

 相手の息が途絶えた。

 タガネは剣を引き抜いて血を払う。


「出口の伏兵は終わり」

「は、はあ」


 リクルが呆気に取られて固まる。

 タガネは後方をかえりみた。


「出口は、ね」


 三人も振り返ると、屋根上を同じ黒衣が駆けていた。

 タガネはリクルの襟首を掴み、リンフィアの肩を叩き、眼鏡の男の腰を蹴ってそれぞれを出口へと促す。

 唖然とする三人。

 タガネだけはその場に芯を据えて魔剣を構えてた。


「さ、行きな」


 三人が顔を蒼白にする。

 この男――南下する道は、単に安全だから勧めたのではないと察した。

 単に、修羅場スリルを楽しむために国境添いを進ませる積もりなのだと。

 その読み通り。


「さあ、な」


 破綻した護衛の剣士は、狂喜を滲ませた凶相で敵を見据えていた。




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