3
タガネは顔を明かした異形の少女の姿を矯めつ眇めつする。
その毛先まで血が通っているかのような鮮やかな赤髪、反して皮膚は綿雪のように白い頬だった。
フードに隠した面に特異は無い。
そうなると、異形と言わしめる獣の耳に注意を引かれた。
タガネは腕を組んで唸る。
「亜人種、ね……」
少女が手で耳を隠した。
隣にいて少年の瞳に緊張が走る。
「何か?」
「いやさ、少しな」
タガネは思わず目もとを手で覆う。
厄介事の臭いがする。
亜人種――。
タガネなど世界的人口の八割以上を占める『人間』よりも数は劣るが、形質的に異なる人。
獣に近く、別の種族と分類され、国によっては異形として疎まれて差別的対偶を受けるなど亜人種の立場は地域で変わる。
それが問題だった。
王国は平等主義を謳うので、安寧の下に亜人種も暮らしている。亜人狩りなる反政府運動も過去にあるが、それらはすぐに鎮静化された。
だからこそ、王国側の町にもかかわらず亜人種の少女の護衛の依頼が出た。
この時点で怪しい。
「護衛の依頼なら構わんが」
タガネは少年を注意深く見やった。
依頼書を指で叩いて示す。
「いつまで、何処までか、報酬は何かを訊きたい」
「…………」
「護衛の依頼なら、傭兵は黙って守るだけ。一体何からかを訊くのは傭兵としての力量が知れる」
「……そう、ですね」
「説明して、くれるな?」
少年が深々と頷いた。
「目的地は、南の獣国。その道中が任務期間であり、報酬は望むままに」
「望むまま?」
少年が躊躇いなく首肯する。
タガネはその内容に受理すべきか吟味した。
獣国とは、大陸の歴史でも前例がない亜人種によって築かれた多種族国家。弾圧される亜人種たちを庇護し、まだ差別の烈しい時代の人間たちに対抗するために建国された。
南北で接する王国は、彼らとの和平のために平等政策を取ったのである。
未だに亜人種への体制を緩和しないのは帝国のみ。内側では、未だに亜人狩りが頻発し、奴隷としても売買されている。
タガネは概ねを察した。
何から守るべきなのか。
守っているものが、何なのかも。
「うん、
「え、良いんですか?」
「良い肩慣らしになるだろうしな」
タガネは腰元の剣に触れた。
半生来の気の緩みを改善するには適度な修羅場となりそうな予感がある。試し斬りにも好機だった。
少女が怯えながら、小さく一礼する。
「よ、よろしくお願いします」
「ああ」
ところで。
「おまえさんらは、どうするつもりだ?」
少年と眼鏡の男を見回す。
前者は笑い、後者は無反応だった。
「我々は道中、
「どうか、彼女を」
少女がはっとして、少年の服を掴む。
悲しげに伏せた眉の下で、瞳が潤んでいた。縋るような眼差しは、切実な感情を孕んでいる。
それはタガネにも容易に読み取れた。
しかし、その手を少年が優しく離す。
「大丈夫。これで自由なんだよ」
「でも、リクル……!」
「どうか、幸せに」
少年が凄惨な笑みを浮かべた。
タガネは事情を察して、思わず大きなため息。
二人がタガネを見た。
「悪いが、依頼主はあんただろう?」
「えっ」
タガネの言葉に少年が当惑する。
床に放った書状を、彼へと突き出した。
「俺はあんたから報酬を受け取るんだ。置いていくわけにはいかん」
「け、剣士さん……!」
少女の顔がぱっと輝く。
タガネは小さく舌打ちする。
たしかに、これからの護衛の道行きを考えれば足枷にしかならない。
しかし、目的地へ護衛だけさせて報酬も支払わず依頼主が契約を反故にする危険性も防ぐ為にも同道する必要がある。さらには依頼完了に前後して、依頼主の安否が危ういのも困り物だ。
それに、守る数が増えるだけ良い肩慣らしになる……。
少年リクルが視線をさまよわせた。
「で、でも僕は強くは……」
「二人程度ならたやすい。そこの男は知らんが」
「この……!」
また眼鏡の男が立ち上がろうとする。
慌ててリクルが制した。
「……では、僕らも守って頂けると?」
「ああ、良いよ。それなら依頼を受理する」
タガネは獰猛に笑って請け負う意思を示した。
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