粗末な平屋に入る。

 タガネは屋内を見回した。

 床板も敷かれず剥き出しの地面と、壁際に置かれた少量の荷物たち。砦の下町とはいえ、わずかな彩りや趣向すらも欠いていた。

 中にいるのは三人で少年と、フードで顔を隠す子供、眼鏡の男がいた。

 どれも薄汚れた平服姿だった。


「依頼主のバルフレイ」


 タガネが視線を一人に定める。


「おまえさん、だな?」

「はい」


 少年がきっぱりと認める。

 タガネは懐中から筒状にした紙を取り出す。

 ひろげて中身を三人に見せる。


「改めて。傭兵のタガネという」


 自己紹介をしつつ。

 タガネは依頼を受理するまでの経緯を想起していた。


 ヴリトラ討伐後。

 国の西端で狼煙が上がったと聞き、仕事を求めてそちらに向かっていた。盗賊団の件で得た報奨金で懐は潤っているが、持ち金の余裕云々ではなかった。

 レインで絆された精神の緩み。

 それを矯正きょうせいするためにも、戦場の空気に浸るべきだと判断した。

 そんなおりに途中の町で剣鬼宛の書が届いた。

 何人もの手を渡って来たそれは、仕事の依頼。

 戦争に挑む意気込みだったので断ることもできたが、依頼主が指定したのは目的地と同じだった。

 詳細は直接説明するという猜疑心を誘う文面だったがタガネは従った。

 話を聞いてからでも遅くはない。

 依頼主のバルフレイに会おうと決断し、今に至る。


 タガネは書簡を地面に放る。

 その所作に、眼鏡の男の面が険悪になった。

 バルフレイは膝行いざってタガネの前に移動した。

 そこで正座になって頭を下げる。


「俺はまだ受理していない」


 少年が礼を言うのを先読みしてタガネは冷たく遮った。


「内容を聞いてからだ」

「貴様ッ……」


 眼鏡の男が居合い腰になって構える。

 それを少年が伸ばした手で制止した。

 タガネは動じずに観察する。どうやら、一団の中で決定権を有するのはバルフレイらしい。

 フード姿の子供は黙っている。


「では、内容を説明させて下さい」

「ああ」


 少年が目配せした。

 フードの子供が動揺して小さな声を上げる。

 小柄な体に似つかわしくなく奇妙に低い。けれど鼓膜の内に甘い残響を聞かせる声だった。

 タガネは我知らず耳を澄ませる。


「僕の依頼は……」


 少年の声に合わせて子供がフードを取り除いた。隠された顔が晒された。

 つり上がった気の強そうな瞳、小作りな鼻と口が困惑と怯懦きょうだで強張っている。

 これだけならば、ただの町娘である。

 だが、決定的に異なる特徴が一つ。

 その頭の上に、獣に似た三角の耳介が動いていた。


「彼女――リンフィアの護衛、です」


 フードから本性を露にした少女。

 タガネは思わず額に手を当てて嘆息する。


「本当、きな臭いな」

「く、臭い……!?」


 慌て出す少女に、タガネは小さな声で謝罪した。




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