三話「境の逃げ宝」上編




 王国の西は戦場になっていた。 

 ヴリトラ出現の情報を聞き付けた隣の帝国が密かに軍を接近させていた。勇者パーティーの疲弊を聞き付け、好機と見たのである。

 それに対し騎士団が戦地に配属となった。

 王国騎士団と傭兵に構成された二万の軍。

 国境を攻めた帝国騎士団は二万弱の軍。

 戦は国境に築かれたとりでで勃発した。



 砦の側に栄えた町。

 今は血臭が鼻先を漂う殺伐とした巷(ちまた)には、武装した与太者たちが屯していた。驟雨しゅううを降らせる曇天が頭上を覆い、湿気がわだかまる道には愚痴を吐く声が絶えない。

 騎士団が構える砦を見上げて、傭兵は次の食い扶持ぶちを求め、次の号令が来るのを待った。

 五分五分の戦況。

 不満ばかりが町の中に募っている。

 まだヴリトラの被害で満足に傭兵に報酬さえ払えていないので、中には帝国の傘下に与する者もいた。

 少しずつ王国軍の前途に暗影あんえいの気配が立っていた。


きな臭いな」


 砦の下町を銀髪の剣士は歩いていた。

 やがて平屋の一つを訪ねた。


「もし」

「あぁん?」

「……雨で困っている。一晩だけでものきを借りられんだろうか」


 戸を叩いて宿を頼めないかと訊ねる。

 しかし、それでも戸は開かなかった。


「無理だよ。手一杯だ」

「……そうかい」


 声には苦心の色もない。

 元より泊める気は無いようだった。

 剣士はそのまま身を引く。


「平屋と聞いたんだが……」


 そのまま、別の平屋を訪ねた。

 道端の傭兵がその姿に騒めく。


「銀の髪……間違いねぇ」

「ありゃ剣鬼けんきだ。本物の修羅だ」


 囁かれる異名に誰もが畏怖に震えた。

 公には名を列ねずとも、ヴリトラ討伐軍での功労者となった傭兵である。

 現場の騎士団には鬼神のごとき戦いぶりだったと称され、情報源は不明だが隠然と傭兵の界隈にも知れ渡っている。

 当然の反応だった。


「やれ、感の悪い町だ」


 タガネは嘆息し、コートの頭巾を被った。

 前よりもはくのついた異名に困らされる。銀の髪は特徴的なので、どこへ行こうとも目立ってしまう。

 視線を避けるように小路に入った。

 角を曲がるや、小男とすれ違う。


「二条先の平屋に」


 タガネは振り返って小男を見る。

 角を曲がって、すでに姿を消していた。去って行った影に疑念を抱きつつ前に向き直った。


「本当に、きな臭いな」


 言葉の示す通り、道を二つ過ぎた小道の平屋を目指す。人通りを離れて行き、不穏な空気が漂っている。

 少し歩き続けて平屋の並んでいる場所に出た。


「……どれだ?」


 タガネは目を右往左往させる。

 小男の言葉が大雑把すぎたのか。

 ふと、その内の一つの戸が小さく開いているのを見咎めた。怪しさが間隙の暗闇から窺い知れる。

 顔を顰めながら、そのまま歩を進めて近づいた。

 戸の横の壁を叩く。


「もし。……この雨に難儀している」


 そっと戸がゆっくり開いた。


「宿を、頼めんだろうか」

「お待ちしていた、剣鬼殿」


 中から、少年が顔を出した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る