6
タガネは足下の怪物を睨む。
鱗は柔らかく、斬れないことはない。
剣呑な覚悟に、鋼が危うい光を帯びる。
「行くぞ、レイン」
ヴリトラの総身が戦慄く。
宣告とともに軽く飛び上がった。
「痛いだろうが、死ぬまで我慢してくれ」
そして再び足がつくやいなや、高速の剣を叩き込み始めた。
鱗を斬り、肉を裂いて剣の光が血と踊る。
渾身の力による連続の剣撃。
何よりも獰猛で、しかし流麗だった。
たとえ、ひたすらに力を込めていようとも、体は根底から刷り込まされたように技を忘れず、タガネの全力を余さず、より鋭く怪物へと鋼の刃を運ぶために駆動する。
『ギィイイイイイイッッ!!』
ヴリトラの頭に血の
地上の討伐軍は愕然とした。
自身たちが斬るのに苦心した肉の壁から溢れる尋常ではないち血と、ヴリトラの悲鳴が剣鬼との差を物語る。
「俺が拾った命だ。俺が片をつける」
『ギィィィイイイイッッ!!』
「恨んでも構わんよ」
剣鬼は囁いた。
穏やかな声とは裏腹に、剣は苛烈さを増す。
卓越した技の前に、体液も通じない。
頭の傷は、肉の壁を使っても防げなかった。
このままでは
危機感に鱗が毛のように逆立った。
ヴリトラは苦痛に体を波打たせ、鼻先を大きく上に振り上げる。
頭上のタガネも、空へと放り出された。
金の眸でそれを捉え、ヴリトラは顎を開けて上昇していく影に追いすがる。
『キャアアアアアアアッ!!』
「高いな」
タガネは乱暴に振り上げられて上空へ。
上昇していた体が重力の
その直下には
轟々と奥の窺えない闇が迫っていた。
「鬼を食うとはいい度胸だ」
『ギャァアアアア!!』
タガネは剣を面前で縦に立てた。
祈るように刃に額を寄せ、折り畳んだ体を前転させる。落下と相まって回転はぐんぐんと速くなった。
風を受けてタガネの落下軌道が曲がる。
ヴリトラの右の前歯に向かって落ちて行く。
「自慢の牙、もらうぞ!」
高速で回旋する刃となったタガネ。
王城の支柱に等しい太さと長さの牙が、中ほどで切断される。断面は平坦、分断された牙の間をタガネがすり抜けた。
さらに、そのまま進んでヴリトラの右側の湾曲した牙までも同様に断ち切る。
「っおお!」
タガネは、すれ違いざまに頬の肉に剣を突き立てた。
肉を裂いて下へと滑り落ち、追いかけるようにヴリトラの右半身から噴水のごとく血があふれる。
白い鱗が鮮やかな紅に染まった。
体は慣性に任せて落ちていき、ようやく落下が止まると剣に追い付いた血をタガネは頭からかぶった。
嗅ぎ慣れた悪臭に包まれる。
「ずぶ濡れかよ」
タガネは小さく悪態をついた。
赤く染まりながら、剣を突き立てて背中側へと移動する。
その間、ヴリトラは目標を見失い、さらに負った傷で体勢が崩れ始めた。空に伸ばした胴体が遠雷にも似た地鳴りを響かせて伏した。
衝撃でまた溢れた血を兵士たちを濡らす。
「躊躇しない。一気に叩きのめす」
タガネが頭に向かって駆ける。
そして一歩踏み出すごとに剣が唸りを上げた。次の一歩を振り出した時には白い鱗に新しい傷が刻まれる。
タガネの踏みしめる場所が傷になった。
『ギィィィイイィンンンッ!?』
ヴリトラが悲鳴を上げる。
倒れた直後とあって動く様子はない。振り落とされるかもしれない内に、次々と凶悪な
兵士たち同様に刃の鋭さを封じる筈の体液も、タガネの速すぎる剣閃だと無力だった。
「ん……?」
ふと、視界の隅を何かが掠めた。
タガネは足を止める。
胴体の右側で何かが
警戒して、その正体を探る。
胴体の右側から異形の蛇の大群が這って来る。
あれは、たしか。
「噛まれたらいかんやつだな」
蛇たちが一斉に飛びかかった。
タガネは雨あられと降る群を、風となって疾駆しながら斬り払う。自分に絡み付くものだけを瞬時に判別して、一つずつ潰していった。
死骸が散乱する。
タガネに無視された異形の蛇は追走した。
俊敏に距離を詰めていく。
「くそ、多いな」
思わず文句が口をつく。
タガネは険相に苛立ちを湛え、背後をかえりみた。
異形の蛇は野犬よりも速い。
頭に到着する前に、このままでは搦め取られてしまうのは自明の理。
舌打ちしつつ、頭を必死に働かせた。
どうすれば斬り抜けられる――?
「放てぇッ!」
「は?」
遠くから聞こえる何かの号令。
タガネは奇声を上げてそちらを見た。
自分のいる位置に向かって次々と炎の弾が落下して来ている。間近に迫ってくる巨大な魔力の塊に、全力を振り絞って走った。
ヴリトラの胴体が燃え上がる。
炎が着弾し、爆風を弾けさせた。
異形の蛇たちが一掃される。――が、前を力走していたタガネにも被害は波及しており、彼の服の裾が焦げて灰になった。
タガネは燃えた上着を脱ぎ捨てる。
「正気か、あいつら?」
「行くぞぉおお!!」
「え?」
今度は逆方向からの大声。
団長が部隊を率いて再攻撃に出ていた。損傷のない部分に向かって切り込む。
その攻撃でヴリトラが苦悶し、タガネの足元が揺れる。
タガネのこめかみに青筋が立つ。
「援護……なんだよな?」
若干の阻害と感じつつ、タガネの足はようやく頭部まで辿り着いた。
しかし、そこには先客の姿があった。
紺碧の麗人が殺気を放ちながらも凛として佇む。
マリアは銀の剣を抜き放った。
「やるわよ。アンタには負けない」
「さっきと言ってることが――」
「剣を抜きなさい」
「……面倒なこって」
タガネとマリアは背中合わせになった。
それぞれが切るべき場所を見定める。
「躊躇、するんじゃないわよ」
「ああ」
剣姫と剣鬼。
二人は互いに弾かれたように飛び出した。
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