二話「渇く河床」中編



 私は、小さい頃から剣に愛されてた。


 それに気付いたのは五歳の誕生日。

 公爵家の屋敷で開催されたパーティーには、私を祝うために来た人々が、贈呈品を片手に殺到する。山のごとく積み重なった量は壮観だった。

 四方八方から歓呼の声、行く手のことごとくで握手を求められる。

 何とも忙しくて、騒々しいパーティー。

 普段は侍女と遊ぶのが日常で、大勢の見知らぬ人と会話をしなくちゃいけないのは、かなり体力を要する。

 いつしか、私は疲れて庭に避難した。

 そこでは、貴族家の子供たちが棒を片手に『剣士ごっこ』なる遊びに興じていた。そこかしこで勝敗を争った末に遊びの範疇に留まらず、喧嘩に発展してしまっている。


 野蛮な遊びだった。


 暇なので眺めていると、一人の子爵令息が私に棒切れを持たせる。

 意図がわからず、彼を見た。


「一緒にやろうぜ」


 何とも乙女への対応を弁えない勧誘。

 けれども、無聊をかこっていたのは事実。私は棒切れを受け取ることにした。


 それからは、怒濤だった。


 私は貴族家の子供と何度も対決し、すべて打ち倒した。それはもう、完膚なきまでに。

 喧嘩になりそうだったが、未然に相手を棒で叩きのめして防いだ。

 野蛮だなんだと言いつつ、実は楽しんでいた。

 棒切れを振っているとき、物足りないと感じていたのだ。でも、それ以上に今までにない楽しさを噛み締めていた。

 その後、私は父に怒られた。

 まあ、当然だろう。

 しかし、相手を負かしたときの快感が手元から消えなかった。あの手応えを、もう一度。





 私は父に頼み込んだ。


「剣を習いたいのです」


 この嘆願には、両親がひどく困っていた。貴族の娘は、嫁ぐのが通例である。それが剣を学ぶなど、縁談のときの桎梏にしかならない。

 もちろん、反対された。

 それでも、十日に亘って訴え続けた。

 その努力が功を奏し、家庭教師として王国の騎士団の副団長が来た。王国一の剣の遣い手らしく、彼の下で実力をつけた。

 初めての格上の相手。

 かつてないやり甲斐に、私はのめり込んだ。

 ところが。


「さ、流石です、お嬢様」


 稽古を始めて、わずか半月で彼を淘汰した。

 何とも呆気ない。

 喜びは最初ばかりで、あとは追随の手応えを感じるのすら短く、目標を打破してしまった。


 実に、物足りない。


 これを聞いた国王が、私を騎士団に勧誘した。

 無論、また父は反対しようとしたけれど、私は喜んで入団した。


 そして、私は国家一の剣士になった。

 その頃には【剣姫けんき】なんて異名もついた。

 騎士団長も、他のみんなも他愛ない。

 もっとやり応えのある人間を求めて戦場にも出たけど、やはり私より強い人間がいない。唯一、魔法使いたちには手を焼いたけど、それは眼中になかった。

 もっと。

 もっと。

 もっと強い人を。

 強敵との邂逅をこいねがっていた。

 そんなある日。


「剣姫殿、彼を紹介したい」


 国王から、直々に紹介された。

 事情を聞けば、最近戦場で有名な傭兵らしい。縁談だったら即刻断りたいが、国王の紹介とあって無碍むげにできず、それに応じた。

 そうして。


「紹介しよう」


 国王の隣に現れた。

 銀の髪に、粗末な装備の少年。


「タガネだ。――よろしく」


 忌々しい、灰色の眼差しだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る