城下の宿場町を歩く。

 タガネの後ろをレインが追従する。

 王城で部屋を用意する整えがあったが、マリアの一件もしかり、寝首を掻かれるのを恐れた。第一王子などが特に危うい。

 盗賊団の首の報酬は翌朝に受け取る運び。

 それまで、体を休めるなら城下町で宿を取る他にない。

 孤児のレインは、如何にするか。

 それを落ち着いて考える為にも、先ずは休める場所に行くのが先決だった。

 タガネは肩越しに顧みる。

 必死にいてくるレイン。

 侍女からの話を聞けば、大量の水を要求していたらしいが、タガネと合流してからは全く水を乞わない。


「一々くっつくな」

「ん」


 レインズは頑なに傍を離れない。

 タガネの服の裾などを掴んできたりするので、煩わしくなって何度も払っている内に、黙って後ろを追うだけである。

 タガネは総菜屋で食材を買う。

 店の棚から果物をかじったレインを制止し、店主に気付かれる前に宿へと連行した。

 ところが。


「すみません。空室は無くて」


 宿に着けば部屋は無いと聞く。受付の宿主が頭を垂れて謝罪した。

 タガネは納得した。

 この異常気象、野宿は不可能だ。宿が満室になるのは必然、屋根の下は人影に埋め尽くされる風情だ。

 タガネはレインを見遣る。


「厩舎で構わん。屋根のある所は無いか?」

「それが……」


 宿主に案内されて厩舎に行く。

 開けられた木戸の向こう側で、大量の馬の死骸が転がっていた。筋肉の面影すらない惨たらしい姿に変貌を遂げ、餌の草なども枯れ草状態だった。

 タガネも思わず顔が険しくなる。

 人が寝れた物ではない。

 夜になれば幾分か暑気は和らぐし、空気の乾燥具合も堪えられるが、些か以上にレインには酷な環境である。

 ならば旱魃の無い地域まで逃れれば良い話なのだが、この幼子ではその旅路に堪えられるかも怪しく、その負担を抱えて歩くタガネにも相応の労苦が求められる。

 レインが小首を傾げた。


「……城を、頼るか」

「ん」

「くそ、ヴリトラめ」


 タガネは小さく愚痴をこぼす。

 元凶たるヴリトラが憎い。戦う積もりは無いが。

 レインを片腕に座らせるように抱え、宿主に礼を行って外に出た。もうは王城の厚意しか無い。

 王都を出れば、給水場も無いので危険だ。

 とにかく安らげる場所が必要だった。この際、もう第一王子の部屋でも、マリアの膝下でも構わない。


「レイン」

「ん」

「青い髪の女に気を付けろ。あと金髪の偉そうな男にもだ」

「……ぴか、ぴか?」

「……そうだ。ぴかぴかしたヤツに気を付けろ」


 コートで包んだレインを片手に、タガネは王城へと向かった。



 そして一刻の後。

 王の御前ごぜんに立っていた。


「なるほど」


 国王はけたけたと、可笑しそうに笑った。タガネと、その隣で彼の服の裾を掴むレインを交互に見る。

 タガネは羞恥に堪えた。

 だから嫌だった。誰かにレインと居るのを見られるのは。しかし、事情説明も無しに断った城内の宿泊を再び願うなど許されるとは思えなかった。

 自分が救った命の責任がある。

 必要な犠牲である。


「うむ、良いものを見せてもらった」

「くッ……忘れろ」


 タガネは俯いて顔を隠す。

 レインが国王を指差した。


「ぴかぴか」

「あのぴかぴかは大丈夫だ」


 国王が微笑ましげに見守る。

 近くにいた侍女に耳打ちし、タガネに向き直った。


「よし、部屋を調えさせる」

「ありがたい」

「――その代わり」

「…………わかった。討伐の件、引き受ける」


 国王が満足げに頷いた。

 レインの保護、その対価がヴリトラを相手取るとは不釣り合いも良いところ。本来なら無理だと見捨てて、むしろ王城に置き去りにすれば侍女などが面倒を見てくれるかもとの楽観もある。

 しかし、隣にいるレインは助けた命。

 タガネにも、遵守すべき鉄則がある。

 面倒を見れないなら、最初から救うな。――つまり、拾った時点で大きな覚悟と義務を背負わざるを得ないのだ。

 いつも自分勝手に生きている分、自分も相応に平和なければならない物がある。

 宰相が前に出た。


「では、後ほど会議があるので参加しなさい」

「……ああ」

「ぴかぴか」

「あれは少し駄目なヤツだ」


 レインを連れて、玉座の間を後にした。



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