3
わずかな徒歩で到着した。
王城の前の階段に差し掛かる。
異様に高く設えられた段差と、街道かと見紛う道幅に正面で迎えられたら、誰もが圧倒される。こればかりは、王族の為せる示威の一種なのかもしれない。
タガネは、ここが大嫌いだった。
洗練された白い外壁や段差が、光を発射して
「おい、落ちるぞ」
「ん……」
「いてて、鼻を掴むなよ」
上がるだけでも一苦労である。
タガネは最上段を踏み締め、正面を見据えた。
高い壁のように聳える大きな門である。
その脇に控える兵士たちに軽く一礼した。
身許を検めに近寄った彼らに、かねて用意していた王家への参上目的を告げる。物証の『首』が入った篭を差し出した。
蓋を開けて確認を終えて許可が下りる。兵士が扉のそばにある小さな取っ手を引くと、
地響きじみた重低音を鳴り、タガネは耳障りだと扉を睨みながら潜る。
レインは音に驚いて跳ね起きた。
「はあ、嫌になるね」
石の敷居を跨げば、大理石の床を爪先が叩く。
豪奢な内装の輝きが二人を歓迎した。
「ぴか……ぴか」
「無駄なほどにな」
感動するレインとは対照的に、余計に醒めた反応のタガネだった。そのまま周囲を見回し、直ぐ近くにいた侍女に歩み寄る。
侍女の顔が険しくなった。
「もし。少し頼みたいんだが」
「何でしょう」
固い声の応対。
タガネは苦笑混じりに続けた。
「この子をしばし預かってくれんか」
肩の上のレインを差し出す。
訝しげに侍女はタガネを見つめ、不承不承といった様子で受け取った。――が、レインがタガネの服を掴んで放さない。
水色の瞳が拒絶していた。
恐らく、レインは置き去りにされると不安になっている。
それでもいい。
このまま侍女に預けてうやむやにしたいが、助けた命の責任に関しては、さしものタガネすら蔑ろにはできない。だが、人の面倒を見た経験がないので、この場合の適切な対応が思い付かない。
レインの手に、自分のそれを重ねる。
「すぐ戻る」
「……」
「……後で構ってやるから」
レインの手が静かに離れた。
タガネは即座に背を向けて歩き出す。
こんな有り様を知人に見咎められたら、一生笑いの種にされると恐れた。事情があって、タガネは王城に通う時期があったのである。
これから会う国王も顔馴染み。
タガネは暗澹とした心持ちで、玉座の間がある三階の奥まで進む。この赤い
しかし、絨毯を外れて歩いて床を汚すなと侍女長に説教をされた過去がある。
もう懲り懲りだった。
「おお、臆病者じゃないか!」
「ん、その声は」
頭上から降り注ぐ声。
タガネは三階に続く階段の踊場で足を止めて、その先を振り仰ぐ。
そこには、昂然と胸を張って仁王立ちに構える青年が立っていた。
整えられた黄金の髪、矜持と自信をたたえる青い瞳が眼下のタガネを睥睨する。美貌と称して遜色無い顔立ちを愉悦に染めていた。
金の刺繍が入ったマントを靡かせ、階段を大股で下りてくる。
タガネは悠々と待ち構えた。
「久しいな、恥知らずめ」
「息災で何より。――第一王子殿下」
「ちっ」
その反応に青年――この王国の第一王子ルナートス・デンヴァルト・リッセイウムは大きな舌打ちを鳴らす。
革靴でタガネの足を踏まんとした。
それをひょい、と
その肩をルナートスが掴む。
「まだ傭兵なんて続けてるのか?」
タガネが肩越しに振り返る。
げんなりとした顔を向けた。
「まだ、良い定住先が無いんで」
「ふん。貴様にそんな物あるか!」
「…………」
「私率いる『勇者パーティー』の勧誘を蹴った無礼者をこの王国に住まわせてなぞやるか!」
タガネは小さく笑った。
「それじゃ、隣国にお邪魔するかね」
然り気無く肩の上の手を払って、タガネは階段を上がった。
そう、『勇者パーティー』――そんな厄介な部隊が、この王国には存在している。第一王子率いる国家戦力にて重要とされる特殊精鋭部隊に一度勧誘されたのを断って以来、険悪な関係になっていた。
まだ背後から視線を感じる。
「鬱陶しい」
タガネは三階の回廊を急ぎ足で進んだ。
三階の最奥にほどなくして辿り着いた。
タガネは一応、着衣の汚れを軽く落とす。
それから玉座の間の門前を固める衛兵に事情を説明し、彼らの催促を得て篭を片手に中へと入った。
まっすぐと、玉座に続く一条の絨毯。
その終端に、玉座に座る大男がいる。
「よく来たな、タガネ」
「どうも」
「相変わらず愛想が無いな」
そう言って、大男――国王が朗らかに笑った。
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