2
子供が農道の中心に伸びていた。
ぐったりと草臥れて、地面に突っ伏している。
おそらく体力の限界なのだろう。
時折、呻き声がする。
「こりゃ、災難だったな」
哀れではあったが、タガネは歩を進めて、冷然と見捨てる覚悟を
他人を助ける余裕など無い。
一刻も早く水にありつきたい。
この命の責任はまだタガネの手中に無いのだから、このまま無関与で終われば後腐れも何も無い。
これで良い、と自己暗示する。
その一心で足を加速させ――。
「う、うぅ……」
幼い
タガネの足が我知らず止まる。顔をそちらに巡らせて見下ろした。
「う……みず……」
土を掻く細い指。
声はひどく水気を失っていた。
「ちっ」
タガネに葛藤は無かった。
気になった時点で、もう看過はできない。
子供のそばに屈み込む。
「おまえさん、名前は?」
命の危殆に瀕する子供の顔を覗き込む。
幼い少女だった。
乾いた唇が小さく動く。
「れ、レイン……」
タガネは名前を聞き、脱いだコートでレインの体を包むと、そのまま肩に担いだ。肩に乗る重量は枷にならない。
王都への路を辿る。
「たしか、雨って意味だったか。良い名だな」
「え……?」
「早く降らねぇかな」
タガネは皮肉めいた口調で囁く。
肩の上の
それから路を急いで、王都に到着した。
井戸の周囲は、予想に反して人が少ない。検問の入行手続きも人を待たずに早く終えたので幸運だった。……若干、誘拐などを疑われたが、剣鬼の名で強引に押し入った。
タガネはレインの様子を確かめる。
まだ息はあった。
早くしないと肩の上に死体が完成する。
更に先を急いだ。門を潜って広間に出る。
そこでは、異観が広がっていた。
いつもの賑わいがなく、人の
民は屋内に逃げ帰ったか。
そう思いながら、タガネは急いで井戸へと駆け寄る。肩からレインをゆっくりと下ろした。
立ち上がりしなに着衣の土を払って、素早く井戸の水を汲み上げる。桶いっぱいの水を地面に置き、小さな器で
器の傾きを案配して口の隙間に水を注ぎ込む。
喉がこくり、と動く。
「慌てるな、ゆっくりだ」
「んぐ……」
レインが器を手で受け取って飲んだ。
その間、タガネは携帯している竹筒に桶の水を入れる。そして、その中身を一気に口に流す。
水分が体に染み込む感覚に深く息を吐く。
タガネはその場に座り込む。
「あと数分遅けりゃ危険だったな」
「ん……」
「うん?」
レインは両手で器を差し出した。
「もう良いのか?」
「ん」
小さな顎が縦に振られる。
タガネはじっ、と顔を覗いた。
まだ唇は乾燥して、血色も悪い。
器を受け取って再び水で満たし、レインに渡す。首を振って拒んだが、わずかな逡巡の後に素直に従った。
小さな手が必死に器に取りつく。
やはり、まだ乾いていた。
タガネが苦笑する。
「おまえさん、親はいるのか?」
尋ねると、レインは首を横に振った。
コートのを頭巾が取れる。
肩口で切り揃えられた水色の髪が揺れる。乾燥がひどい所為か、何本かが縮(ちぢ)れていた。土汚れた白い肌も、まだ水分が足りない。
見るからに惨状だった。
幼い少女の顔はやつれていた。
こんな状態で、
名前がある辺り、孤児院などで世話になっている可能性がある。そうなれは、今すぐ送り返すべきだが……。
「あの道を戻るのか……」
また、あの灼熱の農道を歩くとなれば、今度こそレインは倒れる。一人では行かせられないが、タガネには用事があった。
タガネは後頭部を掻いて北を見上げた。
洗練された白い王城が聳えている。
送りつけた書簡で数日の内に報告へ参ると
早く顔を見せた方が良い。
「でも、助けた手前だからな」
「ん?」
飛ぶように立ち上がる。
灰色の瞳は子供を見下ろし、水色の瞳がタガネを見上げた。
「歩けるか?」
「ん」
よろよろと、矮躯が揺れた。
足元が覚束ない様子だった。
タガネは嘆息して、レインを肩に乗せる。
「少し付き合え。城まで歩く」
「ん」
レインが頷いた。
タガネも微笑を返す。
「さて」
笑みを湛えたまま、忌々しげに呟く。
「あの女に絡まれなきゃいいが」
表情とは裏腹な暗い声だった。
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