二話「渇く河床」前編



 いつもは長閑な農道。

 陽炎に揺れる王都を見る路は、脇に涸れた水田の連なる景観が広がる。水分を失ってヒビ割れた地面は、踏めば柔らかい海浜の砂のようになっていた。

 ただ燦々と太陽が輝いている。

 大気や地面から、生命の水から枯渇していた。


 農道の路傍に立ち尽くす一つの影。

 直射日光を避けるため身に包んだ黒コート。それに付いた頭巾フードの奥から、驚怖きょうふに染まった灰色の瞳が覗く。

 茹だるような暑さの中、水田の跡地を眺める。

 黒コートのタガネは、自身の目を疑った。

 滲んだ汗を手で拭う。


「どうなってんだ」


 まだ初夏の陽気だった。

 盗賊団の首を王都に持参する道を、薬湯の効能に甘えて半月をかけて、ゆっくり歩いてきていた途中である。

 それが王都まで三日の距離になったところで気候が急変した。

 田畑の被害なども、道すがらで話す暗鬱とした面持ちをした農民の声を耳にこぶができるほど聞いている。

 呼吸すら苦しい熱気。

 タガネは口許を押さえる。


「天災の兆しか?」


 荒れ果てた風景に呆然とつぶやく。

 正にそうだった。

 かつてない異常気象。

 留まるところを知らずに増す暑さ。桶の水が一昼夜で乾く勢い。

 王国の各地で草木が枯れていた。日照時間の長さと、光の熱量ですぐに干上がる。

 それは無論、農作にも影響を及ぼす。

 今年の作物を断念する百姓が後を絶たない。川から水を引こうにも、川が涸れている。もう裏で魔性が暗躍しているとさえ疑われていた。

 水が乾く夏。

 幸い地下水脈から水を汲み上げた井戸は機能しており、人々の命綱となって辛うじて存続している。もっとも、旅人は井戸のある地点から動けない。

 タガネの場合、それはもう王都のみ。

 途中に休憩地点は無かった。

 所持している水は尽きている。


「ええい、勝負だ!」


 再び王都に向かって前進を再開する。

 到着までに倒れるわけにはいかない。

 最短の井戸は王都入り口の井戸だけだ。

 タガネは水源オアシスを目指して息巻く。

 しかし、急ぐ足先を止める。

 陽炎の中に影が浮かんでいた。

 何かいる――そう目を凝らして。


「……また厄介な」

「うう……」


 倒れる小さな子供の姿があった。



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