10
王都に一通の書簡が届く。
南部の森の里で、盗賊団の根城を突き止めたという報告があった。
盗賊団の名は『
それが、南の田舎で殲滅された。報告の書簡を綴ったのが、その功績者である。
確認した国王は、その後見人の名前に苦笑した。
タガネ。
家名もない短い名である。
東方に由来を持つその名前は、今では王国以外でも名の知れた豪傑を示す。
玉座の肘置きに頬杖を突く。
「相変わらずだな」
「さすがですね……全く」
国王の独り言に、隣にいた宰相が反応する。
彫りの深い顔を険しくさせた彼は、眼鏡の鼻を小さく指で持ち上げ、国王の持つ書簡を睨んでいた。
彼だけではない。広い玉座の
特に、支柱のそばに控える少年少女たちは、ぶつくさと小言で文句を垂れている。
国王が深いため息を一つ。
手を叩いて全員の注目を促した。
「数日の内には、報告に参るそうだ」
「絶対来ない」
国王に不平声を漏らす声が一つあった。
支柱に凭れて、不機嫌に構えている少女である。募る苛立ちか、小刻みに床を叩く爪先が激しさを増していた。
本来ならば無礼で即刻処刑だが、彼女の立場がその失言を許容させる。それを重々承知していても、玉座の間は重たい沈黙に包まれた。
国王は努めて笑顔を作る。
「仕方なかろう、
剣姫――そう呼ばれた少女が顔を逸らす。
国王は玉座の背凭れに体を預けて、天井に憂いに染まった顔を向けた。
小さな吐息が漏れる。
「早く来てくれよ、タガネ」
紛れもない、乞うような声をこぼした。
南部の森では復興が始まった。
潜伏基地にされていた里から盗賊が殲滅され、解放された里の住人が再興のためにあくせく働いている。
訪れた頃とは異なって賑々しい里。
タガネは静かに離れの家の庭から眺めていた。川で清めたはずの体からは、まだ血臭が絶えない。時折その腕を鼻に寄せて嗅ぎ、不快そうに顔を歪める。
その後ろから、少女が歩み寄った。
両手には水の浸した桶と、その縁にかけた新しい手拭い。タガネの隣におずおずと安置した。
タガネが少女をかえりみる。
「ああ、お構い無く」
「……脱臭の薬湯です」
「何だい、それは?」
「臭いを落とすんです」
「へえ、ありがたい」
タガネは礼を言って手拭いを薬湯に浸す。
十分に水気を含んだそれを絞り、服の中や顔を拭った。仄かに香る青臭さに一瞬だけ呻くが、堪えて最後まで使う。
たしかに血臭が消えた。
悪臭から解き放たれて、タガネの顔も穏やかになる。
さんざん盗賊団の偽装のために働かされた薬師の少女は、あれ以来気まずい関係だった。怯えさせた手前、タガネは自分が荒らした隠し部屋の掃除と、外で眠ることを徹底した。
実際、こうして少女から話しかけてくるのも、あれ以来だった。それが
少女は少し逡巡して頭を下げた。
「すみませんでした!」
「どうした」
突然の謝罪にタガネが驚く。
少女は頭を下げたまま動かない。
「わたしはあなたを騙した」
「人質がいる。仕方ない」
「救ってくれたあなたを恐れた」
「傭兵だ。もう慣れたよ」
「……でも」
少女が言い惑う。
また、ぎこちない空気が流れた。
タガネは眉根を寄せて、おもむろに荷物の袋に手を突っ込む。
中身を掻き混ぜるように荒々しく探し、やがて手の中に複数個の石を掴んで取り出した。先日、少女に渡した物と同じである。
それらを、後ろ手に少女へ放った。
「やるよ」
「ええええ!?」
慌てて受け止める彼女に言い放つ。
「でも、これお高いんじゃ」
「よく採れる所を知ってる」
タガネは膝を叩いて立ち上がる。
荷物を背負って、剣を腰に差す。軽く肩を回すと、そのまま坂道に向かった。
「こ、これ、どうす――」
「村の再興の資金にでもしてくれ」
少女は豪勢な振る舞いに閉口した。
タガネが振り返る。
「それは詫びと世話になった分だ」
「あ……」
「里を荒らしてすまんかったな。特に死体の処理」
一言告げて、また歩き始めた。
背中に視線を受けながら、タガネは里を出る道筋を辿っていく。道中で畏怖の眼差しを受けながら、森の中に続く最後の坂を歩んだ。
人の面前に血まみれの姿で現れ、里中を死体だらけにした存在。そこに救済の感謝よりも、恐怖が勝るのは自明の理。
判りきっていた。
タガネは呆れ笑いを浮かべた。
「あ、あの!」
空に響くほどの声がする。
タガネは足を止めて、半身だけ振り向く。
駆けて来たであろう、薬師の娘が肩で息をしながら迫っていた。直近まで来ると、また
「助けてくれて、ありがとう」
簡潔な感謝の言葉。
若干の畏怖で声は震えている。
しかし、そこには紛れもない、
「どうも」
タガネは再び坂を下りる。肩越しに窺うと、同じ姿勢のままだった。里の住人も彼女に奇異の眼差しを注いでいる。
しかし、少女は動かない。
木々で遮られて見えなくなるまで、少女はずっと頭を下げていた。
ようやく前に向き直ったタガネは、後頭部を掻く。面映ゆい気持ちになって、灰色の瞳は揺れる。
空を振り仰いで、片手に持つ蓋をした方形の
中には、薬師の娘特製の『保存の薬湯』に浸した盗賊の首がある。顔の皮は、彼女の弟が葬られた墓に埋めた。
これを、王都に持ち帰らなければならない。
玉座で待つであろう面々、特段その美貌を嫌悪に染めた少女の姿を想起して微笑した。
先が思いやられる……。
愁嘆に暮れても仕方がない。
「さて、行くかね」
草を踏む音に耳を澄ませて。
タガネは鮮やかな緑の中を進んで行った。
――――――――――――
ここまでお読み頂き、誠に有り難うございます。
次回辺りからツンツンツンデレな人の絡みですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます