タガネは里の「一段目」を一通り巡回した。

 店の数はそれほどではなかったので、聴き込み自体も長くかからなかった。得られる情報は一人ずつで変わらない。

 ただ盗賊団の脅威を怖れていない。

 傭兵団の庇護に絶対的な信頼を持つ。

 経験値もあり、練度が高い傭兵団なら任務遂行力や素行に問題無いが、寄せ集めの傭兵団は刃物を持って強くなった気でいる子供と変わりなく、それ故に他人とはすぐ衝突しやすく平常時は迷惑のかけ放題と言っても過言ではない。

 そのため、傭兵を常駐させる事は一般的に危険という認識がある。

 その常識から考えて、流れ者、与太者よたものという印象が先走りがちの傭兵を信頼するなど、一風変わった里はタガネにとっても新鮮だった。

 それに、この里はやたらとタガネのを誉める。

 娼館に好まれる顔だとは旅路での経験で知っているタガネだが、老若問わずこの里はまるでタガネの顔に頬を上気させ、乙女のような、羨望のような表情になる。

 そして――……。

 この里に入り、聞き込みを行う過程で里を一通り見て回ったが、女性と子供が一切見受けられなかった。

 どれも壮年、中年、成年。

 タガネの胸裏に根付いた疑念が、いよいよ明瞭な確信を帯びてきていた。

 この里は――仕事場である。


「ん?」


 里を上がる坂道の途上。

 タガネは前方から来る大柄な男を見咎めた。服越しに盛り上がった筋肉が、一歩ごとに甲冑のごとく揺れる。腰には長剣を差し、長すぎるあまり鞘が地面を擦って軌跡の線を刻む。

 得物の扱いが粗雑……。

 刈り上げた頭と、厳めしい面持ちが下にいるタガネ一点を見つめている。

 タガネも視線が合ったので会釈する。

 巨漢が立ち止まった。


「里に客が来たって話だが」

「俺だな」

「そうか、お前か」


 巨漢は刈り上げた頭を掻く。


「オレぁヨルシアだ」

「傭兵団の頭か」

「そうだ」


 ヨルシアが腰を折ってタガネをじーっと見る。

 視線を受け止めて、タガネも正面から仏頂面で正対した。


「傭兵にしちゃ、綺麗な顔だ」

「そうかい」


 タガネは嘆息混じりに呟く。

 もう「一段目」で洗礼とばかりに賛辞を浴びせられたので、面貌について言われることに辟易すらしていた。

 タガネは面映ゆい気持ちに後頭部を掻いた。


「村の責任者でもないのに、迎えて下さるとはね」

「まあ、長老の代わりってこった」


 タガネは巨漢の後ろに視線を移す。

 屋敷に住むのは長老だけ、それを傭兵が代行するとは、なるほど里がいかに彼らを信頼しているかがありありと窺える。

 信頼……か。

 ふん、と眉を顰めた。


「王都での“金庫破り”は知ってるか」


 タガネが顔を向けずに話す。

 ヨルシアは肩のまなじりを攣り上げた。


「ああ、例の盗賊団だろ?」

「ここいらにいると聞いたが」

「狙われるだけだな」


 ヨルシアが自身の胸板を叩く。


「オレらの防衛で退けてる」


 タガネはヨルシアの腰元を見やる。

 使い込まれた長剣の柄から、実力などは判る。足先や手先の運びなどからも隙が無い。

 ヨルシアが笑う。


「盗賊団の根城探しでもしてんのか?」

「王家からの依頼でな」

「ほーん」


 ヨルシアは興味が無さそうに答える。

 タガネは荷物を足元に下ろした。


「そういや」

「ん?」

「ここに腰を据える傭兵なんざ珍しい。ただの慈善事業じゃないし、優遇されるとはいえいささか異常だ」

「…………」

「何が目当てでここにいんだ?」

「そりゃあ、“薬草”さ」


 ヨルシアの返答に、タガネが目を見開く。

 彼は森を指差した。

 鮮やかな葉が風に揺れる。


「この地の薬草はよく効く」

「へえ」

「たちまち傷が塞がんだよ」


 ヨルシアはどこか誇らしげに語った。

 鮮やかな緑は、目だけではなく薬効すらあるらしい。不思議と納得すらしてしまう。

 タガネは彼を見上げて微笑んだ。


「そうかい。そりゃ――」


 ゆっくりと、剣を鞘から抜いて、切っ先をヨルシアの顎に突き付ける。

 鋼の尖端が剣呑に光った。

 ヨルシアの顔が強張る。


縫い痕も、すぐ消えるよな」


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