8
剣先にヨルシアは後退りする。
その分、タガネは歩を前に詰めた。彼の鼻先と剣の距離を一定に保つ。
突然の脅迫まがいな行為に動揺で目を泳がせるヨルシアは、
「どういう了見だ?」
無言で淡々と剣をかざすタガネ。
切っ先よりも鋭い灰色の眼光に、ヨルシアの足が微かに震えた。彼の手もまた、腰元の剣の柄にゆっくり伸びていく。
タガネは背後を肩越しに一瞥した。
坂道の下で、住人が見ている。
「あんたの首を頂く、それだけだ」
「オレぁ盗賊じゃねぇぞ?」
「下手な嘘だな」
タガネの手元が
わずかな血が付着した刃先を払う。
タガネは無表情で見下ろしていた。
「里に警備網張れるだけの員数の傭兵を率いるヤツってのは、剣突き付けられた程度で動揺したりしねぇ。まあ、相手によるだろうが」
苦し気なヨルシアの面が上がる。
その鼻先に、またぴたりと剣先が止まった。
「
「な……」
「里の連中、やけに俺の顔に着眼する、世辞といえど多すぎだ。よほど顔面に執着ある連中と見た」
タガネの剣が再び閃く。
ヨルシアの眉間に朱の一筋が走った。鼻筋を伝って唇を濡らし、顎の先から滴となって血が滴り落ちる。
「小さな里とはいえ、子供が少なすぎる。「二段目」の家屋の数に比して、「一段目」の人数はそれにすら足らない」
退こうとしたヨルシアは、しかし足に力が入らない。確認すると、いつの間にかもう一方の爪先が消えていた。
その恐怖の最中、タガネの声は滔々と降り注ぐ。
「あの外れにある家の男児……に見える小男も、面の皮を縫合した痕跡が見受けられた」
「ちょ、ちょっと待て!」
ヨルシアが両手で彼を制する。
身の危険を感じ、必死の身振り手振りで情状酌量を求めた。
「あ、あんたの考えはこうだな?」
「うん?」
「薬草の効果で、皮の継ぎ目を騙してる盗賊団がオレたち、だと」
「そうだな」
「不可能だろ。まず、薬草つったって、た他人の皮が癒着するはずがねぇだろ!?」
タガネは少し目を見開き、微笑んだ。
ヨルシアの表情もわずかに弛緩する。必死に絞り出した弁が奏功したか。
そう考えた次の瞬間、両手首が落ちた。
里中に響く悲鳴が上がる。
「元々知ってたよ。ここの薬草はいかなる傷をも癒やし、万病に効く。だから森付近の町は
「……!」
「その
タガネが顎で森を示す。
ヨルシアは何事かとそちらを振り返り――その下顎が切断される。今度は悲鳴も上がらなかった、戦慄が痛みを凌駕した。
眼前に、血濡れの刃先がかざされる。
鋼に映された戦慄く自分の顔。
ヨルシアは萎縮していた。
「しかもだ。里の警護と
「へぁ……あああ……!」
「いや、そもそも無いんだよな。……警戒網も、襲撃も」
「あああ!」
「何たって、ここがそもそも盗賊団の根城なんだからな」
「ああああああ!!」
ヨルシアが悲鳴を上げる。
タガネはその首を横に一閃した。ヨルシアの首を刎ね飛ばし――そのまま、身を翻して後ろまで大きく剣先で薙いだ。
すると、いつの間にか背後から飛びかかっていた「一段目」の店の男の胴を両断した。
分かたれた血肉から鮮血が迸って地面を汚す。ヨルシアの流血と合流して、タガネの足下を深紅に染めた。
剣の血を払って、タガネは坂の下を見る。
ぞろぞろと、「一段目」の住人が片手に
「顔!」
「面の皮を寄越せ!」
「俺の顔だ!」
「あれが欲しい!」
「おいらの、おいらの、おいらの!」
我先にと競って殺到する。
タガネは泰然と坂の上で構えた。剣を手元で
そのまま挑発的な手招きで応じた。
「早い者勝ちだぞ、盗賊団さん?」
獰猛な笑顔が咲いた。
タガネは地面を蹴って、自ら集団の中へと飛び込む。先頭と彼が合流した途端、後は彼が走り抜ける後を追いかけるように
修羅じみた勢いで、タガネが次々と斬り倒していった。
途中から怖気を震って撤退しようとした者を後ろから
やがて坂の上での騒ぎが静まる。
血溜まりの中心で、タガネが頬についた血を手で拭いながら、剣を鞘に納めていた。
「さて」
そして、彼は屋敷ではなく。
「改めて挨拶に行くか」
離れの家を見据えた。
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