剣先にヨルシアは後退りする。

 その分、タガネは歩を前に詰めた。彼の鼻先と剣の距離を一定に保つ。

 突然の脅迫まがいな行為に動揺で目を泳がせるヨルシアは、両手もろてを挙げて引き攣りがちの笑みを作る。


「どういう了見だ?」


 無言で淡々と剣をかざすタガネ。

 切っ先よりも鋭い灰色の眼光に、ヨルシアの足が微かに震えた。彼の手もまた、腰元の剣の柄にゆっくり伸びていく。

 タガネは背後を肩越しに一瞥した。

 坂道の下で、住人が見ている。


「あんたの首を頂く、それだけだ」

「オレぁ盗賊じゃねぇぞ?」

「下手な嘘だな」


 タガネの手元がかすむ。――そう錯覚したヨルシアは、次の瞬間に激痛で膝を屈した。地面に受け止められた足から血が流れていた。爪先が靴ごと切断されている。

 わずかな血が付着した刃先を払う。

 タガネは無表情で見下ろしていた。


「里に警備網張れるだけの員数の傭兵を率いるヤツってのは、剣突き付けられた程度で動揺したりしねぇ。まあ、相手によるだろうが」


 苦し気なヨルシアの面が上がる。

 その鼻先に、またぴたりと剣先が止まった。


くだんの盗賊団は、相手の面の皮を剥いで自らに貼り付ける技術が精巧なあまり、幾つもの検問を騙してきた連中だ」

「な……」

「里の連中、に俺の顔に着眼する、世辞といえど多すぎだ。よほど顔面に執着ある連中と見た」


 タガネの剣が再び閃く。

 ヨルシアの眉間に朱の一筋が走った。鼻筋を伝って唇を濡らし、顎の先から滴となって血が滴り落ちる。


「小さな里とはいえ、子供が少なすぎる。「二段目」の家屋の数に比して、「一段目」の人数はそれにすら足らない」


 退こうとしたヨルシアは、しかし足に力が入らない。確認すると、いつの間にかもう一方の爪先が消えていた。

 その恐怖の最中、タガネの声は滔々と降り注ぐ。


「あの外れにある家の男児……に見える小男も、面の皮を縫合した痕跡が見受けられた」

「ちょ、ちょっと待て!」


 ヨルシアが両手で彼を制する。

 身の危険を感じ、必死の身振り手振りで情状酌量を求めた。


「あ、あんたの考えはこうだな?」

「うん?」

「薬草の効果で、皮の継ぎ目を騙してる盗賊団がオレたち、だと」

「そうだな」

「不可能だろ。まず、薬草つったって、た他人の皮が癒着するはずがねぇだろ!?」


 タガネは少し目を見開き、微笑んだ。

 ヨルシアの表情もわずかに弛緩する。必死に絞り出した弁が奏功したか。

 そう考えた次の瞬間、両手首が落ちた。

 里中に響く悲鳴が上がる。


「元々知ってたよ。ここの薬草はいかなる傷をも癒やし、万病に効く。だから森付近の町は薬師くすしがよく住むし、王家からの取り寄せもある」

「……!」

「その薬効おんけいにあやかってんだろ」


 タガネが顎で森を示す。

 ヨルシアは何事かとそちらを振り返り――その下顎が切断される。今度は悲鳴も上がらなかった、戦慄が痛みを凌駕した。

 眼前に、血濡れの刃先がかざされる。

 鋼に映された戦慄く自分の顔。

 ヨルシアは萎縮していた。


「しかもだ。里の警護とのたまいながら、昨日の俺の接近にすら気付かねぇ。盗賊団の襲撃を想定してない警戒網の無さ」

「へぁ……あああ……!」

「いや、そもそも無いんだよな。……警戒網も、襲撃も」

「あああ!」

「何たって、ここがそもそも盗賊団の根城なんだからな」

「ああああああ!!」


 ヨルシアが悲鳴を上げる。

 タガネはその首を横に一閃した。ヨルシアの首を刎ね飛ばし――そのまま、身を翻して後ろまで大きく剣先で薙いだ。

 すると、いつの間にか背後から飛びかかっていた「一段目」の店の男の胴を両断した。

 分かたれた血肉から鮮血が迸って地面を汚す。ヨルシアの流血と合流して、タガネの足下を深紅に染めた。

 剣の血を払って、タガネは坂の下を見る。

 ぞろぞろと、「一段目」の住人が片手になたやハンマーを手に駆け上がって来ていた。


「顔!」

「面の皮を寄越せ!」

「俺の顔だ!」

「あれが欲しい!」

「おいらの、おいらの、おいらの!」


 我先にと競って殺到する。

 タガネは泰然と坂の上で構えた。剣を手元で一旋いっせんさせて肩に担ぐ。

 そのまま挑発的な手招きで応じた。


「早い者勝ちだぞ、盗賊団さん?」


 獰猛な笑顔が咲いた。

 タガネは地面を蹴って、自ら集団の中へと飛び込む。先頭と彼が合流した途端、後は彼が走り抜ける後を追いかけるように血飛沫ちしぶきが噴き出す。

 修羅じみた勢いで、タガネが次々と斬り倒していった。

 途中から怖気を震って撤退しようとした者を後ろから袈裟けさに胴を断ち、二人がかりで飛び込んで来た相手には間をすり抜けるように潜り込んで通過したすれ違いざまに斬った。


 やがて坂の上での騒ぎが静まる。

 血溜まりの中心で、タガネが頬についた血を手で拭いながら、剣を鞘に納めていた。


「さて」


 そして、彼は屋敷ではなく。


「改めて挨拶に行くか」


 離れの家を見据えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る