5
少女は外れの家に向かっていた。
二段目から続く細い坂道を登っていると、対岸から向かってくるタガネと鉢合わせした。荷物を背負い、腰に差した剣の柄頭を手で撫でていた。
その
「里を出るんだね」
「ああ」
タガネは短く答えた。
「あと、軽く里に聴き込みだ」
盗賊団について、と補足する。
タガネはそういうと、荷物の袋の中を手で無造作に
タガネの掌に、石が乗っている。
少女は意図がわからず、彼の顔を見た。
「一宿一飯の恩だ」
「石?」
「鉱物だ」
タガネは少女の手に握らせた。
男の武骨な手に包まれる感触に、少女は顔を赤くした。掌の鉱物よりも、離れていくタガネの手に気がいってしまう。
タガネは再び荷物を背負い直す。
少女は立ち尽くす。
「町に行けば、それなりに高く売れる」
「そうなの?」
「ああ、別の地で一人くらい暮らせる分はな」
言葉を付け足した。
少女はぎょっとして目を剥く。
「そんな高いの貰えないよ」
「悪いが、持ち合わせがそれだけだ。……もう一個欲しいか?」
「いや、充分すぎるから」
少女は面前で手を振って必死に遠慮する。
タガネはその返答を受けて、うなずく。
すると少女は、はたと止まった。
「そういえば」
「なに?」
「名前を言ってない」
タガネが無表情で沈黙する。
たしかに、彼が来てから一度も名前を言っていない。その事実に気づいて、少女は相好を崩した。
「私は――」
「いや、別にいい」
「え?」
少女は言葉を遮られて当惑する。
「ただの宿主と客、それだけだ」
「それは寂しいよ」
「……達者でな」
タガネは短い暇乞いを告げて去った。片手を上げて、小さく振りながら坂道を下っていく。
少女は手元と彼を交互に見た。
「別の地……?」
訝りつつも、少女は再び坂を上がる。
破格の土産を手にして帰途を辿った。
家に着いて戸を開けた。中では、弟が囲炉裏のそばで膝を抱えてうずくまっている。
いつも昼下がりは山遊びに興じている弟の留守番に驚き、少女はそばに
弟の顔を覗き込む。
揃えた膝頭の上で、目が泳いでいた。顔色はひどく悪い。
「……どうしたの?」
「あいつ」
「あいつ?」
ひどく怯えた声だった。
少女は身を乗り出して、耳を寄せる。
「あいつ、気づいた」
「えっ」
今度は少女の顔から血の気が失せていく。
弟は警戒の眼差しを戸口に向けた。
「知らせよう」
弟が姉の顔を覗き込む。その瞳に、剣呑な色が宿っていた。
「みんなに、早く」
弟の顎の下から、血が一滴垂れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます