少女は外れの家に向かっていた。

 二段目から続く細い坂道を登っていると、対岸から向かってくるタガネと鉢合わせした。荷物を背負い、腰に差した剣の柄頭を手で撫でていた。

 その旅支度たびじたくに少女は納得する。


「里を出るんだね」

「ああ」


 タガネは短く答えた。


「あと、軽く里に聴き込みだ」


 盗賊団について、と補足する。

 タガネはそういうと、荷物の袋の中を手で無造作にあさる。何事かと覗く少女に、中から引っ張り出した物を差し出した。

 タガネの掌に、石が乗っている。

 少女は意図がわからず、彼の顔を見た。


「一宿一飯の恩だ」

「石?」

「鉱物だ」


 タガネは少女の手に握らせた。

 男の武骨な手に包まれる感触に、少女は顔を赤くした。掌の鉱物よりも、離れていくタガネの手に気がいってしまう。

 タガネは再び荷物を背負い直す。

 少女は立ち尽くす。


「町に行けば、それなりに高く売れる」

「そうなの?」

「ああ、別の地で暮らせる分はな」


 言葉を付け足した。

 少女はぎょっとして目を剥く。


「そんな高いの貰えないよ」

「悪いが、持ち合わせがそれだけだ。……もう一個欲しいか?」

「いや、充分すぎるから」


 少女は面前で手を振って必死に遠慮する。

 タガネはその返答を受けて、うなずく。

 すると少女は、はたと止まった。


「そういえば」

「なに?」

「名前を言ってない」


 タガネが無表情で沈黙する。

 たしかに、彼が来てから一度も名前を言っていない。その事実に気づいて、少女は相好を崩した。


「私は――」

「いや、別にいい」

「え?」


 少女は言葉を遮られて当惑する。


「ただの宿主と客、それだけだ」

「それは寂しいよ」

「……達者でな」


 タガネは短い暇乞いを告げて去った。片手を上げて、小さく振りながら坂道を下っていく。

 少女は手元と彼を交互に見た。


「別の地……?」


 訝りつつも、少女は再び坂を上がる。

 破格の土産を手にして帰途を辿った。

 家に着いて戸を開けた。中では、弟が囲炉裏のそばで膝を抱えてうずくまっている。

 いつも昼下がりは山遊びに興じている弟の留守番に驚き、少女はそばに膝行いざって近寄った。

 弟の顔を覗き込む。

 揃えた膝頭の上で、目が泳いでいた。顔色はひどく悪い。


「……どうしたの?」

「あいつ」

「あいつ?」


 ひどく怯えた声だった。

 少女は身を乗り出して、耳を寄せる。


「あいつ、気づいた」

「えっ」


 今度は少女の顔から血の気が失せていく。

 弟は警戒の眼差しを戸口に向けた。


「知らせよう」


 弟が姉の顔を覗き込む。その瞳に、剣呑な色が宿っていた。


「みんなに、早く」


 弟の顎の下から、血が一滴垂れた。



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