翌日。

 タガネは剣を振っていた。

 磨いた剣身がぎらりと日の光を照り返す。

 昨日までの雨天を忘れさせる快晴に、タガネは空を振り仰いだ。鳥の影が頭上を過ぎていくのを見送る。

 タガネは再び素振りを再開した。

 世話になった家のそばで、日課の修行に取り組む。里の外れとあって、剣を扱っても危うげない土地の余裕があった。

 姉の少女に許可を取って、剣を振っている。

 里を横から一望する丘にあるので、三段層の景観が広がっているのがよく見えた。景色を遮らないよう木々が左右に別れて避けているようだった。

 その景色を両断するように。

 真っ直ぐとタガネが剣を振り下ろす。

 その剣に励む姿を、後ろから地面に座って弟が観察していた。

 姉が里へ買い出しに行ったとあって、家事や木登りで無聊ぶりょうを慰めていたが、いつまでも止まない素振りの音に吸い寄せられるように足を運んで見ている。

 ただ、じっと見ている。


「何か用か?」


 気配で察していたタガネは、手を止めずに尋ねた。

 若干だがけんのある声色に、弟の体が強張る。歳が五つほどしか離れないのに、剣を持ったタガネは鬼のような威圧感を放っていた。

 弟が頭を振って怖気を隠すように睨む。


「何でさっさと出ていかねぇんだ」


 気色ばんだ弟に、タガネが笑う。


「少し気になってな」

「気になる……?」


 タガネが手元を止めた。

 剣を鞘に納めると、弟の方へと歩む。その隣に腰を下ろし、里の景色を眺めた。


「昨日なんだが」


 タガネが声を潜める。

 弟は聞き取ろうと、しぜんと耳を寄せた。


「昨日、火に照らされたおまえの顔」

「……?」

「顎の下に薄く縫い痕があった」


 弟の表情が凍りつく。


「昔、怪我でもしたか」


 弟は首を横に振る。

 そのまま小さく尻で後退りしたが、タガネの腕が肩に回って動けなくなった。身動ぎして逃れようにも、力が強くて脱け出せない。

 タガネの視線が弟を射竦める。


「み、見間違えだろ」

「本当か?」

「う、嘘じゃねえやい!」


 タガネが肩を竦めて、弟を解放する。

 弟は脱け出すやいなや、慌てて走って家の中へ駆け込んだ。戸が強く閉められる音が響く。

 恐怖で慌てた弟の後ろ姿を見送ったタガネは、土を払って立ち上がる。

 そして、里の一段目――大きな屋敷の立つ高地を見て微笑んだ。


「それなら、挨拶ぐらいしとくか」



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