第4話 ブローチ 前編

「……本当にこれが溝に落ちてたんですか?」


カガチは信じられないと言う顔でそう尋ねた。


「はい。そうですが……」


楓は何が言いたいだとカガチの言葉の意味が理解できなかった。


カガチとユリはブローチを見てすぐにそのブローチが数百万はくだらないとわかった。


こんな高級なブローチを落として気づかないなんてことあるのか、と二人は顔を見合わせる。


結構面倒くさいことに巻き込まれた気がした。


「警察には何故届け出なかったのですか?」


そう言いかけそうになるのを何とか我慢する。


その頃の楓は六歳の少女。


命の恩人の落とした物を自分の手で届けたいと思ったのだろう、と。


そうして、ずるずる警察に行く日を伸ばして恩人を探している間に警察に行きづらくなってしまったのだろうと何となく予想ができた。


過ぎたことを言っても仕方ないと楓に話しかける。


「そうですか。ブローチの件ですが、一旦知り合いの警察の人に聞いてみますので預かってもいいでしょうか」


「はい。大丈夫です」


「ありがとうございます。もし、見つけましたら直ぐに連絡します。一条さんの手でお返しできるように致しますのでそこは安心してください」


「ーーありがとうございます」


元々ブローチは預けて探してもらうつもりだった。


できれば自分の手で渡したいとお願いしようと思っていたことを先にカガチが言ってくれて、その心遣いに感激する。


「いえ、それでは命の恩人さんとブローチの持ち主の依頼、確かにお引き受けしました。見つけ次第連絡させていただきますので、暫くの間お待ちください」


「はい。本当にありがとうございます」


これまでいろんな探偵や何でも屋のところに行って依頼を頼んだが全部「無理だ」と言われ断られてきた。


こんな無茶な依頼を引き受けてくれた二人に感謝する。


「一条さん。一つ聞いてもいいですか」


ユリが声をかける。


「はい。何でしょうか」


「もし、命の恩人さんが一条さんの思っているようなら人じゃなく悪い人だった場合どうしますか。それでも会いたいと思いますか」


ユリの言葉にカガチはまさかという顔をする。


何か視えたのか、と。


「それは……その時考えます」


楓の表情は全てを悟っているようにユリには見えた。


「そうですか。変なことを聞いて申し訳ありません」


「いえ、気にしてません」


「では、一条さん。依頼期間の間よろしくお願いします」


カガチは手を出し握手を求める。


「はい。こちらこそよろしくお願いします」


楓はカガチの手をしっかりと握り返し心からそう言う。





「……で、何が視えたんだ」


楓を見送りタクシーが見えなくなると尋ねる。


まあ、あんな聞き方をしたらそう思うよな、とカガチの言葉に一人納得する。


「……悲しみと申し訳なさそうな表情をした彼女の姿」


「それはどっちだ?」


「わからん。ただ、一つ言えるのは彼女にとってはいい結果ではなかったってことだろう」


ユリの言葉にカガチはため息を吐く。


「まあ、このブローチが関わってる時点でそうだろうな」


手に持っている箱を見て呟く。


高級なブローチを落としたらきっと探しにくる。


その日行った場所を手当たり次第探すだろう。


公園もその一つ。


それなのに来なかったのは、来れなかったのか来たけど探せなかったのか。


考えられる可能性は何個かあるが、二人の頭には一番最悪な可能性が頭の中に浮かんでいた。


「お前の方はどうだった」


「大した情報はなかった。彼女の言ったことは本当だ。助けた人の顔やぶつかった時のことを覗こうと思ったが、意識はなかったから顔を確認することはできなかった。ぶつかったときは視界に入ってなかったから何とぶつかったかわからない」


カガチは握手した瞬間に楓の過去を除いた。


本来なら昔の記憶を覗くときは結構な時間がかかるが、当時のことを思い出しながら話していたので一瞬でその時の出来事を覗けた。


「手掛かりはなしか。仕方ないな、それなら覗け」


カガチの持っている箱を指差す。


「あ、やっぱり、そうなるか」


「当たり前だ。それが一番手っ取り早く終わる。やれ」


「……わかったよ。やればいいんだろ」


カガチの能力は右手で触れたら過去を覗くことができる。


人間だけでなく形ある物全てから覗くことができる。


ただ、人間よりも力を使うし時間もかかる。


正直あまり人間以外から過去を覗く行為はしたくなかった。


「ああ。ちゃんと見守っているから心配するな」


ユリの言葉に本当かよと疑うよな目を向ける。


この間の依頼で服から情報を得ようと能力を使っていたとき、ユリは隣で爆睡していた。


能力を使っているとは集中しているので周囲のことは何もわからないが、終わった後のユリの姿を見てむかついたことを思い出した。


「本当に頼むぞ」


もし、殺されそうになっても気付くことができないし動くこともできない。


ロゼがいないいまユリだけが頼りなんだから。


「わかってるから、はやくやれ」


ユリにそう言われてカガチは右手でブローチに触り能力を使う。


十五年前まで遡らないといけないのでそこまでいくのに二時間近くかかる。


カガチが全てを見終わるまで能力を使ってから四時間近くかかった。


「……終わったのか」


カガチが戻ってきたとわかり声をかける。


「ああ、持ち主がわかった。それと、恩人の方も多分わかった」


「……そうか」


カガチの表情から最悪な可能性が当たったことを察した。


暫く二人の間に重い空気が流れていたがユリが先に口を開いた。


「……とりあえず、アオイさんに電話するか」


「そうだな」


ユリの言葉にカガチもそれがいいと同意する。

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