第3話 ブローチ 前編
「……あ、きた」
読んでいた本を閉じ顔を上げる。
「カガチ。依頼人が来たぞ……って、あいつはどこにいったんだ」
本を読むのに集中していた為、カガチがどこにいったのかわからない。
ユリはため息を吐きながら「仕方ない。俺が行くか」と依頼人を迎えに行く。
「…お邪魔します」
小さい声だったがユリの耳には届いた。
不安だと声から伝わる。
依頼人を安心させようとなるべく優しい声で話しかける。
「ようこそ、悲願花へ。ご用件をお伺いします」
「……あの、依頼を……私の悲願を叶えてください」
緊張しているのか声が上ずっていた。
ユリは女性の手から黒い彼岸花を受け取り「はい。わかりました。その悲願を叶えましょう」と言う。
「麦茶でよかったですか」
「はい、ありがとうございます」
「依頼を聞く前にもう一人来ますので、もう少しお待ちください」
「はい」
その返事を最後に会話が終わる。
女性は気まずい空気を紛らわすように部屋の中にある黒い彼岸花の中にいる女性の絵を見つめる。
そ女性は目を閉じているのに絵からは憎しみが伝わってくる。
何でこんな絵を飾っているのか不思議に眺めていると、扉が開く音がした。
「お待たせしました。遅くなり申し訳ありません」
黒髪のイケメンが中に入ってくる。
ユリはカガチに目で遅いと訴えかける。
女性を依頼人部屋に案内し麦茶を準備する前にカガチに依頼人がきたから来いと一緒に行こうとしたが、また寝ていたのか寝癖ができていたので整えてからくる羽目になったので遅くなった。
カガチは「こえー」と思いながら悪いという表情をする。
「初めまして、俺はカガチと言います。よろしくお願いします。早速依頼の話しを聞きたいのですが、その前に三つ程守っていただきたい条件があります。もし、それを守っていただけないのなら依頼をお引き受けすることはできません」
カガチ達にとってその条件は絶対に外せないもの。
守れないのなら帰ってもらうしかない。
「その条件とは何でしょうか」
守れるかは条件次第だが女性はどんな条件でも話を聞く前から呑み込むつもりだった。
ここなら叶えてくれるというから来たのだ。
折角のチャンスを無駄にはできない。
「一つ目は依頼中に起きたことは他言無用でお願いします。二つ目は俺達が何をしようと何も聞かないでください。そして、黙って従ってください」
女性は条件と言ってもこんな簡単なことなのかと少し拍子抜けしてしまう。
「三つ目、これが一番重要です。俺達のこと、この場所のこと、もし誰かに聞かれても絶対誰にも言わないでください。胸にしまってください。もし、この依頼が終わった後にどこかで出会うことがあっても知らない振りをして無視してください。この条件を守れますか」
簡単にまとめるとカガチはこう言ったのだ。
依頼中は指示に従うこと、この依頼で起きたこと自分達のことを誰にも話さず依頼が終わった後に会っても無視しろ。
女性はこの条件が簡単にみえたが、カガチがあまりにも真剣な顔をしているので実は難しいことなのかと思い始めたが、それでも女性には呑む以外の選択肢は無いので絶対に破らないようにしようと誓う。
「はい。必ず守ります」
「わかりました。その言葉をどうか忘れないでください。もし破ればそれ相応の罰が下ると思ってください」
「……はい」
罰という言葉に怖くなるが守れば何も起きないというので絶対に破らないようにしようと誓う。
「それでは、本題に入りましょう。名前と依頼内容を教えてください」
「はい。私は一条楓(いちじょうかえで)と申します。お二人に依頼したいのは、ブローチの持ち主と命の恩人を探して欲しいのです」
「命の恩人ですか。詳しく聞いても」
「はい。あれは、今から十五年前、私が六歳の頃になります」
当時の記憶は曖昧だが覚えていることを二人に話し始める。
「その日、私は母親と喧嘩して家を飛び出して夕方まで公園で過ごしていました。意地になってしまいその時間まで家に帰らなかったのです。今となっては何で喧嘩したのかも思い出せないほどもので些細なことだったのでしょうが当時の私には嫌で許せなかったのでしょう」
楓は話が脱線し咳払いをして話を元に戻す。
「六時の鐘がなり、家に帰らなければと公園を出ですぐ何かとぶつかりその衝撃で頭を地面に強く打ち気を失いました。気付いたら病院のベッドで寝ていました」
楓はそこまで言うと一息つき麦茶を飲む。
「看護師は誰かが応急処置をしたから大したことにはならなかったっと。救急車を呼んだのもその方だろうと言っていました。私はどうしてもその方に会ってお礼が言いたいのです。どうか見つけ出していただけませんか」
「事情はわかりましたが、それとブローチがどう関係するのですか?」
楓の依頼はブローチと命の恩人を見つけることだった。
今の話は命の恩人ばかりでブローチの話がなかった。
「それはわかりません。でも、関係ないとも思えないです。自分でも馬鹿なこと言ってるとはわかるんです。でも、何故かそう思うです」
楓はこんなこと言うのは恥ずかしくて嫌だったが、持ち主がブローチを今でも探している気がしてはやく返してあげたかった。
「一条さんがそう思うのならそうなのでしょう。もしかしたら恩人さんとブローチの持ち主は違うかも知れませんが、必ず探し出しましょう」
「本当ですか。ありがとうございます」
楓は勢いよく頭を下げ涙ぐみながら礼を言う。
「いえ、気にしないでください。それが仕事なので」
カガチは楓に気にしなくていいと伝える。
「それで、ブローチをどうやって見つけたの聞いても」
今まで黙って聞いていたユリが口を開く。
「あ、はい。えっと、確か……病院に運ばれた次の日だったかな、恩人の人にお礼を言おうともう一度公園に向かったんです。暫く公園で恩人の人が来ないか待ってたんです。顔はわからなかったけど向こうは私のことを知っているから、もしかしたら気付いて話しかけてきてくれるかもと思って。でも、通り過ぎていく人は皆私のこと見ても大した反応はなく知らない子がそこにいるくらいの感じで通りすぎて行きました。その日は諦めてまた明日こうよう帰ろうとしたとき、溝に何か光っているのが見えて顔を覗き込むとブローチが落ちていました」
楓の話を聞いて二人は何となくこの後の話が想像できた。
「それで、すぐに昨日の恩人の人が落としたものだと直感したんです。絶対に返したいと思ってそれから何日も公園に行きましたが一度も会えませんでした」
楓ははやくブローチを返してあげたかった。
自分を助けた人が落としたに違いないと信じて疑わなかった。
「そういうことですか。話はわかりました。そのブローチは今手元にありますか」
「はい。ここに」
「見せてもらっても」
「はい」
楓は鞄から箱を取り出し蓋を開けて二人に見せる。
「……本当にこれが溝に落ちてたんですか?」
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