第2話 黒い彼岸花

「あの、すみません」


「はい、なんでしょう」


「ここに黒い彼岸花があると伺ってきたのですが……」


昨日、刑事の一人にそう言われたのを思い出し花屋の店員に尋ねる。


「はい。ございます。一本でよろしいでしょうか」


「はい」


女性は店員の言葉に「本当にあるんだ」と驚いた。


何度検索しても黒い彼岸花が実在しているというサイトは出てこなかった。


刑事の頭がおかしかったわけではないのか、と失礼な事を思ってしまい心の中で謝罪する。


「こちらでお間違えないでしょうか」


店員が黒い彼岸花を見せる。


「……造花ですか」


「はい。そうですか、これではなかったでしょうか」


困った顔をして尋ねる。


ここではよくこの黒い彼岸花を求めにくるお客様が多いのでそれを見せたが、女性の反応がどこかおかしく感じこれではないのかもしれないと思う。


「あ、いえ、それだと思います」


すぐに造花のことを言っていたのだと察し店員にそれだと言う。


「そうですか。それでは千円になります」


店員が代金を言うと女性は千円札を一枚だす。


「はい。ちょうどお預かりします」


代金を受け取り黒い彼岸花を渡す。


店員は先程の女性の返答に違和感を覚え、もしかしたらアザミに紹介されてここに来たのではないかと思いこう尋ねた。


「あの、もしかして悲願花に行かれますか?」


「え?ああ、はい。そうですが、よくわかりましたね」


「ここで黒い彼岸花を買われたお客様は皆、悲願花に向かわれますので」


というか、悲願花の依頼人の為に店に黒い彼岸花の造花を置いている。


「そうでしたか。昨日、刑事さんにここで黒い彼岸花を買うよう言われたのですが、意味がよく分からなくて。本当にこれ買う意味ありますか」


女性はどうしても依頼に黒い彼岸花が必要な意味がわからない。


「あります。それがあるのとないのでは天と地ほどの差ができますので」


はっきりとそう答える店員に女性は圧倒され戸惑ってしまう。


「これをなんて言いながら渡すかは聞きましたか?」


「はい。確か、私の悲願を叶えてください、ですよね」


「はい。そうです。必ずそう言ってから渡してください」


「わかりました」


昨日の刑事にも念を押されたが、いままた店員に念を押され戸惑う。


そんなにこの造花とその言葉が大事なのかと。


「悲願花まではどうやって行くつもりですか」


今までのお客の大半が歩いていこうしてたのを思い出し念のため尋ねる。


「バスで近くまで行き、そこからは歩いて行こうかと」


女性は店員が何故そんな事を聞くかわからず首を傾げる。


「悲願花の場所はどこかわかりますか」


「詳しくはわかりませんが、刑事さんから地図を書いてもらいましたので」


手書きの地図を見せる。


店員はため息を吐くと手で顔を覆う。


「どれくらいかかるか聞きましたか」


「いえ、聞いてませんが」


「あの、バスを降りてから歩いて行くとそこからさらに一時間以上かかります」


「え!そうなんですか!?」


昨日の刑事はそんなこと言っていなかったので驚きを隠せない。


せいぜい、遠くても三十分程度くらいだと思っていた。


流石に一時間以上歩くのは無理だと思い悩んでいると店員が「タクシーはどうですか」と提案する。


「ここで黒い彼岸花を買われる方は結構いるのですが、皆さま行き方を知らない方が多いので悲願花まで案内する専用のタクシーができたのです。ここから四十分程度で着きますが、どうされますか」


「タクシーで行きます。教えていただきありがとうございます。どこに行けばいいでしょうか」


「では、案内します。少しわかりにくい場所にありますので」


店員はそういうと休憩中という看板を扉の前に置き、タクシーの場所まで案内する。


暫く歩いて女性は自分一人では絶対辿りつけなかったなと思う。


狭い道や何度も曲がったりして、説明されても迷って迷子になっている自分を簡単に想像できた。


「ここです」


「ここですか?」


タクシー乗り場というより一軒家だ。


本当にここがと不審な目で見てしまう。


「運転手を呼んできますのでここで待っていてください」


「あ、はい。わかりました」


女性がそう返事すると店員は裏に回っていく。


「本当にタクシーなの?ここは」



「ソウ。依頼人だ。悲願花まで連れて行ってくれ」


裏口から入り家の中にいるソウに声をかける。


「イチイさんか。わかった。今行くよ」


「頼んだぞ」


「はいよ」


いつもと同じやりとりをして依頼人を悲願花まで連れていくよう頼む。


「お客様。今から運転手が来るので悲願花まで連れて行ってもらってください。私はこれで失礼します」


「あの、本当にありがとうございます。助かりました」


女性は慌ててお礼を言い頭を下げる。


「気にしないでください。貴方の悲願が叶うのを祈っています」


イチイはそういうと店に戻っていく。


「不思議な人」


イチイの姿が見えなくなっても暫くその方向を眺めていた。


「お待たせしました。貴方が依頼人の方ですか」


「あ、はい。そうです」


後ろから声をかけられ体がビクッとなる。


急いで振り向き返事をする。


「私は立浪草(たつなみそう)と申します。よろしくお願いします」


「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」


「では、行きましょうか。乗ってください」


黒い車を親指で指し乗るよう促す。


「(黒なんだ)」


タクシーというより普通の車だった。


「はい」


ソウに言われて女性は後部座席に乗る。


車が発進してから二人の間に会話なく、男の好きな音楽がずっと流れていた。


山に入りると女性の心臓は急に速くなり緊張していくのがわかる。


後もう少しで恩人に会えるかもしれない。


ずっと探し続けていた人にお礼が言える。


手に力が入りスカートにシワが入るくらい強く握る。


「お客様。着きましたよ」


ソウに声をかけられ窓の外を見ると昔ながらの年季の入った家が建っている。


「ここですか?」


何でも屋の店というより普通に家ではないか。


騙されたではないかと急に不安になる。


「はい。そうです。お客様、依頼の言葉は覚えていますか」


「はい。覚えています」


ゆっくりと頷く。


「そうですか。では、どうぞ依頼をしに行ってください」


「……はい。あ、代金は」


お金を払わないといけないと鞄から財布を取り出す。


「お代は帰りのときで大丈夫です」


「え、でも、帰りだとずっと待つことになるのでは?」


「はい。そうです。慣れているので心配いりません。それにお客様、私が帰ると歩いて帰ることになりますが大丈夫ですか?」


ソウの言葉でハッとする。


この距離を歩いて帰る自信はない。


絶対に迷子になる。


「すみません。帰りもお願いします」


「はい」


女性は頭を下げてから車を降りる。


「あ、チャイムはないので勝手に開けて入ってください。きっとすぐに人が出てくるので」


「……わかりました」


本当に大丈夫か、と思いながらも玄関の前に着くと本当にチャイムはなく鍵も開いてある。


「……お邪魔します」


女性は恐る恐る中に入る。


「ようこそ、悲願花へ。ご用件をお伺いします」


背中まである黒髪の男が奥から出てきて近づきながら声をかけてくる。


あまりにも美しい人で目を奪われてしまう。


「……あの、依頼を……私の悲願を叶えてください」


暫くして我に帰った女性は頭を下げ黒い彼岸花を前に出す。


「はい。わかりました。その悲願を叶えましょう」


男は女性から黒い彼岸花を受け取る。

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