磑風舂雨
泉姫がいなくなった屋敷の庭に一人、男が弓を力なく握ったまま佇んでいた。男の名前は
頼貞は泉姫がいなくなってからというもの寝込み続けた。それがほんの少し前に雨が降り、やっと外に出られるようになったのだった。
武家の出だというのに自身の娘を護ることも出来ないとは。情けない事です。
頼貞は雨上がりの空に顔を向ける。カラッと晴れて綺麗な青が一面に広がっている。
泉姫が上手くやってくれたのは分かっていますが。酷い目にあわされていないか心配でなりません。やはり今からでも……。
頼貞は
だが頼貞は目の前を歩いてくる客人を見て足を止めた。目の前を歩くのは――頼貞の兄の
「兄上」
そう呼ばれた頼光は頼貞の手に握られた弓を見て思わず眉を寄せる。
「もしや娘の元へ行こうとしていたのですか」
「……ええ。帝の言とはいえ娘に辛い思いをさせるわけにはいきません」
すると頼光は頼貞の持っている弓を握り「おやめなさい」と一喝する。
「龍に勝てるとお思いですか。それに雨が降りました。それは泉姫の頑張りがあったからです。泉姫の頑張りを無駄にするのですか」
「それは……」
頼貞は目を泳がせる。そしてゆっくりと弓を下ろした。涙が次から次へこぼれ出るのを袖で拭う。
泉姫を助けに行きたいのはもちろんですが。泉姫のおかげでこの国の飢えがなんとかなりそうなのも事実です。泉姫が頑張っているというのなら私も前を向いて頑張らなければなりません。
頼貞はひとしきり泣くとグッと唇を噛みしめて、青い空を眺めた。
頼貞は屋敷に頼光を上げて、二人で酒を飲んでいた。二人で泉姫の幼い頃の話などをする。
「そういえば」とふと思い出したように頼貞は酒の入った器から口を離した。
「兄上はどういった用件でこちらに来られたのでしょうか」
「ああ、そういえばそうでしたね。お前との会話が楽しくて忘れるところでした」
頼光は今までの笑顔から一転、真剣な表情で頼貞を見た。
「
平 忠常とは母方の祖父が平
頼光は続いて口を開く。
「膠着状態があまりにも長い間続いているので、今度頼信と一緒に討伐に向かってほしいのです」
「!!!」
頼光の言葉に頼貞は思わずバンッ!!!と床を叩いた。
「兄上は私が争い事が苦手だと知っておっしゃっているのでしょうか」
頼貞は戦が大の苦手である。地方の国司や将軍でなく、皇族の護衛である帯刀舎人という職に就いたのも争いに巻き込まれず貴族の暮らしを見ることが出来るからだ。
だから娘の泉姫に対しても武士ではなく、貴族のように育ててきた。それが娘の幸せになると思っていた。結局は龍と共に泉に沈んでしまったが。
頼光は瞼を落として「……ええ」と頷いた。
「知っています。ですがこのまま忠常の横暴を許すわけにもいきません。それに……」
頼光は視線を再び上げ、頼貞をしっかりと見た。
「それにもし……噂の通りならば泉姫に関わることになるかもしれません」
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