寂寞(3)
泉姫は口をポカンと開けたまま今景をマジマジと見つめる。
「まさかそのような子どもの頃から私のことを存じ上げているとは知りませんでした」
「私もあの時歌っていた子供が、このように素敵な女性になっているとは思いませんでした。
泉姫は「本当に」と頷く。今景は「泉姫」と優しい声で名前を呼び、泉姫の指を自身の指と絡めた。
「な、何でしょう」
今景に触れられて泉姫は胸を高鳴らせながら返事をかえす。
「こうして触れていると泉姫が愛おしくてたまらないのです」
「!」
泉姫の頬は一気に熱を持つ。と同時に今景様は本当に私のことを愛おしいと思っているのかしら、と泉姫は背中に冷や汗を掻く。
「泉姫。私はあなたと恋仲になりたいのです」
今景の青い瞳が真っすぐに泉姫を見つめる。
「…………」
泉姫は思わず黙り込んでしまう。今景は「泉姫は私のことがお嫌いですか」とさらに詰め寄る。泉姫は首を横に振ることしかできない。
今景様は本当に私のことを好いて下さっているのでしょうか。それに今景様が本当に私と恋仲になりたいと思っていたとして。私は今景様を……。
泉姫は瞳を閉じる。今景の泉姫を見つめる穏やかで優しい顔が目に浮かんだ。
私が今景様とどうなりたいかは正直分かりません。ですが今景様は私にとって大事なお方だという事実は変わりません。
だからこそ――。
「今景様」
泉姫は扇子を床に置いて、顔を隠さず今景を見た。ゆっくりと今景から指を離す。
「今景様は勘違いなさっているのだと思います」
「勘違いですか」
「私が今景様の影を除くことが出来たから、感謝と恋を勘違いなさっているのだと思います。それに。寂しい、という気持ちもそれを増幅させているのだと思います」
そう言うと今景は目をパチクリとさせる。そしてわずかに目線を下げた。
「私は泉姫を心から慕っていると思っていたのですが。というよりも今も心から慕っています。ですが私があまり人と関わっていないのも事実ですから、泉姫の言葉を否定するだけの力がありません」
今景はわずかに視線を上げ、恐る恐る泉姫を見る。と泉姫はどこか不安気な顔をしていた。
あのように言っていますがもしかして泉姫は私の気持ちが本当なのかどうか不安なのかもしれません。泉姫は素晴らしい歌声と才能があるにも関わらず容姿に恵まれなかったせいで大変な思いをしたと聞きました。そのせいか必要以上に自分に対する愛情に警戒してしまうのかもしれませんね。
今景はそんな泉姫も可愛らしいと思い、再び泉姫の手を取る。
「それでは泉姫。ひとまずはお互いのことをもっと知ることから始めてみませんか。こうやってお互いについて話し合ったり。手と手を合わせてみたり。そうですね……。ひとまずは二人で外を散歩でもどうでしょうか」
「散歩ですか」
「ええ。日が昇るころに散歩するのもいいですが、私のお勧めは夜です。灯りが消え、虫の声を聞きながら月を眺めると心が落ち着きます」
泉姫は今景様の言う通りだと思って強く頷く。
今の私達に必要なのはお互いに時間なのかもしれません。
今景は「では」と泉姫の膝から頭を上げる。そして泉姫の髪を一房手に取った。今景の顔が予想以上に近くにあって、泉姫は気恥ずかしさからふいと顔を背ける。今景はそんな泉姫を見てにこやかに微笑む。
「では、明日の夜に迎えに参ります」
「はい……」
今景が出て行くと泉姫は急に心臓がキュッとしまったように感じて、少し寂しさも感じてしまうのだった。
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