寂寞(2)

 泉姫の体温は一気に急上昇する。


 契りも何も。私達はまだそういう関係になっていないはずです。


 泉姫は恥ずかしさに身じろぎしながら「今景様のことも教えてください」と尋ねた。


「私もですか」

「はい。今景様がどういった生活をしているのか知りたいのです」


 泉姫は強く頷く。


 今景様に対する純粋な好奇心もありますが。今景様の昔の話などを聞いて、私自身が今景様をどう思っているのか。心の内も知りたいのです。何故今景様に言葉をかけられると胸が潰れる思いがするのか。

 もしかしたら私こそ恋という気持ちを同一視しているのかもしれません。今まで男性に迫られたことがありませんでしたから、この気持ちが憧れなのか恋なのか分かっていないのです。


 今景は何が面白いのかまだ泉姫の髪をいじっている。


「私もあまり面白い話がないのです。それでも良ければお話いたします」


 今景の言葉に泉姫は再び強く頷いた。


「私は気付いたら龍で雨を降らすことを務めとしておりましたから。ただ……一人で寂しかったのを覚えています」

「寂しい? 高桐がいるではないですか」

「いえ。高桐は私が作り出したのです」


 今景は泉姫から視線を外し、天井をジッと見つめている。今景の顔はどこか寂しそうである。


「昔、雨を降らせたときに人間の暮らしを見ることが出来ました。人間は私とよく似た顔をしていて、言葉を話していて。とてもそっくりなのに群れをつくっていたのが印象的で。ですから一人ぼっちなのが寂しくなってしまったのです。それで蛇から高桐をつくったのです」


 泉姫は思わず口をポカンと開けてしまう。


 高桐は前に自分は今景様の分身のようなものだと言っていましたが。そういうことでしたか。人、一人を作ることが出来てしまうとは。今景様は本当に不思議なお方です。それに――。


 泉姫は自分から今景の髪を優しく撫でた。薄茶色の髪は鱗と違いサラサラと指通りがいい。泉姫に撫でられ今景は気持ちよさそうに瞳を閉じる。


 それに。今景様は寂しがりな人なのですね。こうして子供のように私の膝に頭を乗せるのも、寂しがりだからかもしれません。


「それから時が経ちまして。たしか卑弥呼という人物が私達を見つけて下さいました。そこから人間と何年か友好な関係を築いていたのですよ。ただ時の流れというものは無情なものでいつしか人間は私を忘れてしまいましたが。ですが私は人間を忘れることなどできませんでした」


 今景はゆっくりと瞼を開き、再び泉姫に視線を向けた。そして泉姫の手を引き寄せ、自身の唇に持って来る。フッと今景の息が手にかかり泉姫はくすぐったさで肩を震わせた。


「人間の文化に興味があったのです。何か新しい物事をつくる創造力も私と人間との違いでしたから。その中でも興味を引かれたのが歌です。そうして人間の歌を聞いている時に泉姫。あなたが現れて下さったのです」


 そこで泉姫は思わず口を挟んだ。


「今景様。一つよろしいでしょうか」

「何でしょう」

「もしかして私の歌を聞いたのは影に憑りつかれる前の出来事でしょうか」

「ええ。そうですが。とはいえ、その時はまだ声が幼かったですから泉姫が子どもの頃だと思います」


 さも当たり前のように頷いた今景にまたもや泉姫は口をポカンと開けたのだった。

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