花桐(3)
泉姫は恐る恐る高桐の様子を見る。地上で「桐」を詠んだ歌は数少ない。それだけに泉姫は内心ヒヤヒヤとしていた。
高桐はというと長いこと目を閉じていたかと思うと、パッと目を開き深々と頭を下げた。
「とても素敵な歌をありがとうございます。はじめて聞く歌が泉様で良かったです」
「はじめて、ですか?」
言い方に含みがある。泉姫が首を傾げていると高桐は「私は地上にでたことがないのです」とポツリと語り始めた。
「ですから今景様にいくら歌が素晴らしいと聞いてもよく分からなかったのです」
というよりも知ろうとするのを止めたのです。あの人間が作り出すものなど見たくない、聞きたくないと思っていましたら。もちろん、このようなこと、泉様には言えませんけれど。
「けれどもこうして泉様の歌を間近で聞かせていただけて。他でもない私の為に詠んで頂けて。なんだか感慨深くなってしまいました」
人間が好きかと問われると肯定は出来ませんが。少なくとも泉様のことは好きです、今景様の次に。
高桐がそんなことを考えているとは知らない泉姫は満面の笑みで「喜んでいただけて私も嬉しいです」と話す。
高桐も「本当に泉様に歌を詠んでいただいてありがたいことです」と返しながら、「今景様にこのことが知られたら恐いですけれども」と笑みを浮かべた。
「!」
高桐の言葉に泉姫はサッと顔色を変える。
今景様に高桐の為に歌を詠んだ事が知られたら。確かに恐ろしいことになりそうです。
泉姫の顔色変わったのを見て高桐はフフとさらに楽しそうに笑う。
「高桐。笑い事ではないのですよ。私でさえもこの事が知られたら恐いと思っているのですから」
「ですからこのことは秘密にしておきましょう」
「秘密……」
「ええ。二人だけの秘密です」
高桐は笑いながら立ち上がる。
「とりあえず、しばらく何も召し上がっていらっしゃらないでしょうから。麦湯と菓子でも持ってまいりましょう」
「ありがとうございます」
そう言って笑っている口元を袖で隠し御帳に入る泉姫を高桐はほんの少しだけ勝ち誇った顔で見ていた。
今景様。私の方が泉様と距離を一歩縮めましたよ。
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