花桐(1)
高桐は生まれた瞬間から、自分の主が分かっていた。自分は今景のものであり今景の一部なのだと。だからか無条件に今景のことが何より大事で大好きだった。
そんな高桐の主、今景はこの世界を豊かにするために雨を降らせている。誰にもお礼など言われないのに。それが高桐には不満だった。
高桐が生まれてから何百年経っただろうか。ある日「人間」という生き物が今景が雨を降らせているということに気が付いた。人間は今景が雨を降らせるたびに見たことのないものを持ってくる。
「高桐はここ最近、楽しそうですね」
今景が問いかけると高桐はキラキラとした瞳を向けてくる。高桐の手には桐の花が彫られた簪が握られていた。
「ええ。見て下さい。この桐の花を。このような素敵なものを作り出す人間がいたことが嬉しいのです。そして何より今景様を敬って下さることが嬉しいのです」
「そうですね。地上には私達の考えつかないものがたくさんあるのだと知りました」
今景は高桐に穏やかな笑みを浮かべてから「そういえば」と口を開く。
「地上には歌というものがありまして。この前雨を降らせたときにほんの少しだけ聞くことが出来ました」
「歌、というものはどういうものなのですか」
「自分の気持ちを音にのせるのです。歌を聞いていると何故だか心が安らぎます」
そう今景に説明されるも泉から出たことがない高桐は上手く想像することが出来ない。が、自分の主人がそう言うのだから素晴らしいものなのだろうと納得させる。
「私もいつかは歌を聞いてみたいですね」
それから数年は人間との関係は良好だった。だが何事にも終わりはくる。人間が徐々に泉に寄り付かなくなっていった。それどころか数年前まで神聖とされていた泉の側に家まで建てたのである。
「よろしいのですか、今景様」
「一体何のことでしょう」
「ここ最近の人間の横暴でございます」
今景はふっと苦笑いを浮かべる。
「致し方無いことです。元々私達の存在は世間に知られていなかったのです。一昔前に戻っただけのことです」
そうは言うものの今景の顔は寂しさに満ちていた。
「高桐は人間が好きだったのでしょう。ですから落胆する気持ちが大きいのも分かります」
「私は別に人間を嫌ってなど」
「ですが決して嫌ってはいけません」
どうして嫌うななどとおっしゃるのだろう。それに人間が好きだったのはどちらかというと今景様のはずです。
高桐は今景の言葉に渋々と頷いた。頷きはしたが納得はしていない。
今景様にこのような顔をさせるなど。人間という生き物は――。
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