雨間(3)

 数日後――。


 泉姫は頭から白い布を被って、安倍という名の陰陽師と共に家の近くにある泉に来ていた。泉の側を取り囲むように桃色の桜が咲いている。泉姫は白い布を微かに上げてしばし桜に目をやってから、安倍の陰陽師に目を向ける。

 陰陽師は泉姫の年老いた女房が持たせた古今集や竹取物語の巻物が入った重い風呂敷を抱えている。帝の信用している陰陽師というわりには元服(成人)したての年齢に見えた。


 もしかして騙されているのかしら、と泉姫は思ってしまう。


 陰陽師は泉姫の視線に気付いたのか、泉姫の様子を盗み見ると「準備はいいですか」と声をかけてきた。泉姫は顔を見られないよう咄嗟に布を戻してから頷く。すると安倍の陰陽師はブツブツと何やら唱え始めた。泉の水面が徐々に浮かび上がってくる。その水面からヒュウと細長い物が姿を現した。

 細長い体に硬そうな青い鱗がびっしりと生えている。


 これが龍……。なんと恐ろしい容貌でしょうか。


 泉姫は得体の知れないものを見て思わず足が震え、膝から崩れ落ちてしまう。それでも一体どんな顔をしているのかしら……と好奇心に駆られ泉姫が上空を見上げた時だった。

 龍が泉姫の体を巻き付けて締め上げてきた。


「!」


 ――苦しい!

 もしやこのまま殺されてしまうのでは。


 泉姫は恐怖のあまりみっともなく足をバタバタと動かすも、龍を跳ねのけるだけの力はもちろんない。そのうちに足がふいに地面から離れた。

 どうやら体が浮き上がっているらしい……と気付いた時には時すでに遅し。


「――――!!!」


 泉姫は声にならない悲鳴を上げたかと思うと、体を水面に叩きつけられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る