雨間(2)

 夜――。


 泉姫は御帳みちょうの中に横になっていた。

 そこに「泉姫いるかい」と男の声が聞こえてきた。その男の声には慣れ親しんだ響きがある。


「父上、でしょうか」

「ええ。お休みの所申し訳ありません」

「いえ」


 泉姫は咄嗟に扇で顔を隠しながら御帳からほんの少し顔を出す。


「このような時間にお越しになるなんて珍しいですね」

「厄介な話があります」

「厄介な話、ですか」


 断ることの出来ない縁談であったらどうしましょう。と泉姫は内心気が気でない。


「ここ数日は雨の降らない日が続いているのは知っていますね」

「ええ」


 おかげで着物に汗が染み、臭いを隠すための香の減りが早くなったと女房達が嘆いていた。


「雨が降らないせいで作物の実りが非常に悪いそうです。そこで帝が時の陰陽師に占術を頼んだところ、どうもこの家の側にある泉に龍が住んでおり、その龍に原因があるというのです」

「それはまた……なんとも興味深い話ですね」

「ええ。本当に。そしてつい先日のことです。原因を探らせるため陰陽師を泉に遣ったところ、本当に龍が現れ、その龍の言うには『歌を詠むのが上手い若い娘をくれ』とのことで」


 そこまで言うと泉姫の父は目元を着物の袖で隠してしまう。泉姫はそんな父の姿を見て、おおよそこの先の展開を予想出来ていた。


「つまりは私をその龍に差し出すことになった、ということですね」

「泉の近くに居て、歌が上手く、まだ嫁いでいない若い娘は一人しかいないと白羽の矢が立ってしまいました。私も抵抗しようとしましたが、帝の言です。どうして断ることが出来ましょうか」


 泉姫の父は声を出して泣き始めた。


 嫌な予感とは当たるものですね。断ることの出来ない縁談、しかも相手が人間ではないとは。


 そう思うが、帝の言なので泉姫も真正面から断れない。


「父上。仕方のない事です。龍の元へ参ります」

「可愛い娘を守ってあげられないことがとても悔しいです」


 泉姫は震えている父の手にそっと自身の手を重ねる。だがその自分の手も恐怖で震えていた。

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