第三十四話 ギルドマスターのお仕事
帝都は冒険者ギルド―――そのギルドマスターの部屋を、豪奢な服を着た中年の男性が従者を伴って辞そうとしていた。
「では頼んだぞ。ギルドマスター」
「はい」
それを部屋の主であるダスクが頭を下げて見送っていると。
「お疲れですね、ギルドマスター」
「カルラか………丁度いい、喉も乾いたからお前も付き合え」
中年男性が階下へ消えた所で背後から女性―――カルラが声を掛けた。手にはお茶やら菓子やらが載ったワゴンを手にしていた。ダスクが折を見て持ってくるように指示していたのだが、件の中年男性は経過報告を聞くとそそくさと退散してしまったのだ。
時間にしてみれば僅か数分の邂逅だったが、それでも貴族とのやり取りだ。胃に継続的なダメージが入るのを日々感じている彼は、カルラに入室を促した。
「連日連日催促に来られてもこちらも所在は知らないというのに………貴族の方々は何故ああも彼等に拘るんでしょう?」
「そりゃ勢力が均衡してるからだ」
紅茶をカップに注いでテーブルに置くカルラに、ダスクはソファにぐったりと腰掛けボリボリと茶請けのクッキーを口にしながらそう答えた。
「均衡、ですか?」
「前回の戦争が終わったのは何時かは知ってるだろう?」
「16年前、カリム王国とですね。以降は細々とした紛争はありますけど、帝国中央は比較的平和ですね」
レオネスタ帝国周辺の火種自体はもう誰も覚えていないほど昔からあり、その理由も星の数ほどある。
一時的とは言えカリム王国と戦争と呼べるほどまで関係が悪化したのは、今からおよそ21年前。そこから1年程続いた戦争は、結果だけ見れば両者痛み分けという形で落ち着いた。そこから散発的な局地戦を4年程続け、そして現在から16年前に公には終戦を迎えた。
とは言え元は領土獲得が主な目的の戦争だったのだ。両国の国境線―――つまり、トライアード辺境領とケッセル辺境領は今も紛争地帯となっていた。時々小競り合いを起こしては大なり小なり死人は出している。
それでも国同士が動かないのは、公には終戦を迎えていて、その時に交わした協定もあるためだ。関係国へも開示している公文書でもあるので、破ればお互いの信用問題にも関わる。故に、度々起こる小競り合いは『部下が勝手に暴走しているのでごめんね』という体で済んでいるのである。現代の地球なら管理責任を問われそうなものだが、この世界は未だ中世仕様なのでそういったなぁなぁが通ってしまう。
ともあれ、この16年―――特に帝国の懐である帝都周辺の中央地域は平和、と言うのがカルラの所感であった。
「平和、平和ねぇ………。確かにそうだが、良し悪しだな」
「平和なのは良いことなのでは?」
「人間ってのは水と一緒だ。流れて撹拌されている内は綺麗でいられるが、一度停滞すると淀む。戦争が激流なら、平和ってのは池だ。命の危険が少ない代わりに、やがて濁って汚れて―――最後には腐った沼になる。断っておくが戦争が良いとか悪いとかそういう不毛な感情論ではないぞ。俺にだって家族がいるんだから、平和が良いに決まってる。これは人の性質の話だ」
人間の本性は危機的状況であればあるほど露出しやすい。そして露出した本性が悪辣であればあるほど排斥もされやすいのだ。戦争という危機的状況下は否が応でも人間の本性を暴き、それが先鋭化しているほど平和を望む周囲から敵視されるようになり、最後には切り捨てられる。
翻って平和であるとその悪辣さは隠されて、しかし戦時以上に猛威を振るう。それが権力を持っていると尚更だ。
「16年間、この国は戦争をしなかった。貴族同士の大まかな力関係が定まったのも同じ頃だ」
「ああ、武勲ですか」
「そうだ。だが、前皇帝はそこからの領土拡張方針を取りやめた。理由は知らんが、現皇帝陛下もその方針を引き継いでいる」
小競り合いはあっても戦争はない。無認可の紛争でいくら武勲を上げようと、その領地の領主が皇帝に評価されるはずもない。むしろ、評価を下げられる可能性すらある。
となると起こるのは、
「そんな中でうっかり出てきたのがあの三馬鹿だ。手負いのはぐれ地竜じゃない。大型地竜が率いる群れを仕留めるような連中が、例えば自分の部下になったらどうだ?」
「自領周辺国や他の派閥の牽制になる、と?」
「そういうことだ。貸し出しても良いし、何なら差し向けて叩き潰すことも出来るだろうよ」
「あの三人がそんな事に協力するとは思えませんが」
「まぁ、アイツらは享楽的で刹那的な性格をしているから、それには同意する。大金を積まれても貴族同士の面倒事など願い下げだろう。面白ければスラムからの依頼でも受けるだろうが。だが当然、そんな事を世間知らずのお貴族様が知るわけがない」
事態をややこしくしているのは三人の出自だ。
折に触れて解説してきたが、三人の特殊過ぎるバックボーンを前にちょっとその辺の平民脅して言うこと聞かせる―――という短絡的な行動ができるはずもない。最悪、トライアード辺境領が丸っと敵に周り、ロマネット商会に物流を止められ、『迅雷』と懇意にしているギルド関係者から非難を浴びて自領に冒険者が寄り付かなくなる。
一つでも十分に立ち回りで不利になるものが立て続けにやってくるのだ。少しでも自己保身に長けているのならばあの三馬鹿を相手に迂闊な行動を取らない。
しかしあの能力や名声は捨てがたい。と言うか他の派閥に取られちゃ困る。
ならばどうするか。
「何でただのギルマスがこんな事をせにゃならんのだ………」
どうしてこうなった、と瞳のハイライトを消して『お紅茶おいしい』とキャラまでブレ始めたダスクの下に、新たなトラブルがやってくる。
「た、大変ですギルドマスター!」
「何だ?次は何処のお貴族様だ?まさか皇族じゃないだろうな?」
「例の三人が帰ってきました!」
扉を叩き壊しかねない勢いで入ってきたギルド職員の持ってきた難事は、しかしダスクの待ち望んでいたものだった。
●
「右ヨシ」
「左ヨシ」
「前ヨシ、ですわ」
冒険者ギルドの前で、それぞれに指を向けて安全確認をする三馬鹿の姿があった。
「あのー………レイター様、それは………?」
「指差呼称だ。確認は大事だぞ」
言っていることはまともなのだが、三人が取っているポーズはどちらかと言うと現場的な猫のポーズである。
「ねぇ、ジオ。ギルマスを警戒してるみたいだけど、もし見つかったらどうするの?」
「まずはオアシスだね」
「オアシス?水場が何でここで出てくるんだ?」
「リリティア、それは―――オレじゃない、アイツがやった、知らない、済んだことの頭文字を取ってオアシスですわ………!」
「―――よしよし、ギルマスは見当たらないね。カルラさんもいないから、今の内にこっそり馴染みの薄い受付嬢………あの人が良い、あそこへ行って、ささっと登録してきて」
「わ、分かったわ」
こそこそとしながらラティア、カズハ、リリティアにを送り出した三馬鹿はギルド内を警戒しつつ吐息を零す。
「こんなことならダンボールを開発しておけばよかったですわ」
「骨伝導通信機もいるな。後、エロ本」
「佐々木って名前の転生者がいるなら確保しておきたいかな。多分、物語終盤で活躍するから」
そんないつものバ会話をしていると。
「あ、シリアスブレイカーズだ」
『―――!』
背後から名指しされ、思わず振り返ってみれば三人の影。恐る恐る顔を確認すれば、犬獣人戦士のアラン、神官戦士のラルク、魔道士のミラ―――銀等級パーティの『霹靂』の面々がいた。
「な、何だ。『霹靂』の兄貴達じゃねぇか、驚かすなよ」
「びっくりしましたよ、もう」
「全く、お姉様ったらお茶目なんですから………。―――くすぐりの刑ですわ!」
「ひゃぁっ!やめてよぉ、マリアーネちゃーん!」
見知った顔に安堵し、マリアーネに至っては獲物を見つけたとばかりにミラへとちょっかいを掛け始める。
「で、お前ら何をコソコソしてんだ?」
「そういやここ最近見なかったな。どこか遠出の依頼でも受けてたか?」
「いやぁ、実は」
かくかくしかじかと事情を説明し始めた時のことだった。
「シリアスブレイカーズの三馬鹿はどこだ!?」
『げぇっ!ギルマス!?』
二階から階段を完全武装で爆走する人物を見つけ、三馬鹿はわたわたと退散しようとする。だが。
『―――!?』
がしり、と『霹靂』の面々に拘束された。
「おっと、逃げるなよ」
「実はギルマスから見つけたら捕まえてくれって頼まれててさぁ」
「ごめんね?報酬も出るから断れなくて」
裏切られた!と絶句する暇こそあらば。
「さ~ん~ば~か~………!」
地獄の縁から蘇ってきたかのようなダスクの声に、三馬鹿はびくりと身を震わせる。直後、レイターとマリアーネが視線を交わした。
「ギルマスギルマス!―――俺じゃないんだ!」
「そうですの!―――ジオが勝手に!」
「あ、こいつ等人を囮に………!―――わ、私は知りませんよ!?」
醜い争いを始めるが、ダスクは腰の剣を抜いて。
「言いたいことはそれだけか………?」
見下されるような凍てつく視線に、しかし三馬鹿はそっと目を逸らした後、最後の抵抗を試みる。
『す、済んだことですし』
ぶちっ、とダスクの血管がキレる音が、ギルドに詰めていた全ての人間の耳に届いた。
「そこへ直れ馬鹿共―――!!」
『うわ―――ん!ごめんなさ―――い!!』
尚、この日のお説教は深夜まで続いたという。
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