第三十三話 三馬鹿、帰るってよ
麗らかな日差しに照らされた街道を、黒塗りで豪奢な馬車がゆっくりと走っている。三馬鹿の馬車である。当然、牽くのは相変わらず輓馬競馬に出てきそうな
最早半分慰安旅行のような道中を終えた三馬鹿は、新たにラティア、カズハ、リリティアを迎えて帝都へと向かっていた。いつものように御者台に座るレイターが、隣に座るカズハへと向かって口を開く。
「しかし本当に良かったのか?」
「何がですか?」
「いやさ、カズハとラティアだよ。冒険者になってシリアスブレイカーズに入るってさ」
温泉を堪能し、米に舌鼓を打った三馬鹿は取り敢えず1回帝都に帰ることにしたのだ。地竜騒動の収入もあって別に懐事情がカツカツな訳ではないが、何となくそろそろ働かないとと思ってしまうのである。バカンスを取る習慣のない日本の社畜根性がまだ抜けきっていないのかも知れない。
そんな訳で帰る旨を三人に告げると、リリティアは当然付いてくると言った。まぁ彼女の家は帝都にあるのだから当然だろう。問題はラティアとカズハだ。彼女達も冒険者になってシリアスブレイカーズに入ると言い出したのである。
三馬鹿的には歓迎する事態ではあるが、三人の認識では冒険者というのは基本的に日雇い労働者のような生活をしている。安定性には欠けるし、体が資本であるが故に気の荒い人間も多い。後、やはり体力仕事なだけあって男が非常に多い。女性の冒険者はいなくはないのだが、比率で言えば多い時期で二割強。しかも、大抵が荒波をくぐり抜けてきたような女傑だ。下心のある男のあしらい方を冒険者になる前から心得ているし、それを見抜く目を持っているからこそ男職場でやっていけるのである。
そんなちょっと危ない環境に飛び込むなど、親御さん達は許可しないんじゃなかろうかと三馬鹿は思っていた。
だが、ラティアはあっさりと許可をもらってきたし、カズハも帰りしなに立ち寄った獣人の里で一晩ほどクレハとサクラと話し合いをして同道することになった。
「ご迷惑、でしたでしょうか」
しょぼんと尻尾が垂れ、耳がへにゃりとするカズハにレイターは首を横に振った。
「いや、そんなことねーけどさ、二人共それぞれ立場があんだろ?」
「私は後継者じゃないからね。今は見聞を広める旅をしている兄様が次の里長だし、外部との連絡員は他にもいるわ」
荷台の方でラティアは肩を竦める。
「わ、私も、その、クレハ様に見聞を広めて来いと言われましたし?」
カズハも続くが目が泳いでいるし声が上ずっているし尻尾がぴたりと不動の構えを取っている。それを見た荷台組はこう判断する。
(嘘だね、こりゃ………)
(嘘ですわ、これ)
(嘘付けないのよね、カズハ)
(嘘だな、これは)
嘘である。
実際はレイターを巡って骨肉の争いが起こりかけた。自分もついていくとサクラが駄々をこね、ブラッシングで洗脳―――もとい、懐柔されたクレハが抜け駆けずるいと推定1500歳以上が幼女に混じって地団駄踏んだりちょっと他所様にはお見せできない家族会議の結果、カズハは一つの使命を帯びることでシリアスブレイカーズへの同道が許されることになった。
曰く、レイターを
尤も、レイターとしては獣人の里そのものがケモナーホイホイなので定期的に立ち寄る所存なのだが。
「そっかぁ。まぁかわいい子には旅をさせよって言うし、いいんじゃねぇか?」
「か、可愛いだなんて………」
影の馬の靡く鬣に目を奪われつつ生返事するレイターに、こいつここに来て
さて、そんな口から砂糖を量産出来そうな空気に化学反応を起こすのはやはり
「ジオ!ジオ!ラブコメの波動を感じますわ!」
「落ち着くんだマリー。私はまだ嫉妬マスクを作ってない………!」
「帝都に帰ったら発注しますわ!対アベック用テロ組織を作ってやりますの!」
「一緒に愛と正義と嫉妬の味方になろうか………!」
「嫉妬マスクは嫉妬の王者なのですわ………!」
『また訳のわからないこと言ってる………』
馬鹿二人がネタに走り出し、ラティアとリリティアは置き去りにされるが、それを察したジオグリフが話を変えて水を向ける。
「それにしても、リリティアは良いのかい?誘った側が言うのも何だけれど、立場もあるんだろう?」
「聖女と言ってもお飾りのようなものだしな。実はそこまで大層な仕事があるわけじゃないんだ。出席しなければいけない儀式はあるが、それは毎年決まった時期にやるから予定は立てやすいし、それ以外は結構自由だぞ」
「冒険者になってもいいんですの………?」
「多分、フツーのパーティに入ったら色々と方方から文句言われると思いますよ、お姉様。でも、このパーティは………」
『あー………』
何しろ地竜の群れをぶっ殺し、政治的にも商業的にも特大背景を持った今をときめく
そも、聖女というのがリフィール教会に於いては天才的な回復術士の別称であることから、大事にしまい込むのではなく実戦で研ぎ澄ませることを推奨される。例えばリリティア以上の回復術士が出現すれば、その肩書は世代交代するのである。認定には神器を使うので、ある意味神に選ばれたとも言えるのだが、上記の理由から比較的フットワークが軽い。
であることから、聖女は怪我の多い軍や冒険者などの戦闘系職業にくっついて回ることも多く、アクティブな聖女になると自分で冒険者パーティーを立ち上げて諸国を漫遊することも過去にはあったそうだ。
「と言うか、今思い出したけど流石にそろそろほとぼりが冷めてるよね?」
「う………まぁ、二週間もほっつき歩きましたしね………?」
「あのー、お姉様………多分、大変なことになってると思いますよ。特にギルド長………」
マリアーネ追跡のために、最初は冒険者ギルドに突撃したリリティア曰く、冒険者ギルド―――正確に言うならばギルドマスターのダスクが躍起になって草の根分けてでも探し回っているそうだ。
『………三人の冒険者登録したら、また逃げようか』
さながら指名手配犯になったような気分に陥った馬鹿二人は、旅の空を見上げてそんなことを思ったとか思わなかったとか。
●
揺らめく燭台に照らされて、2つの人物が浮かび上がる。
一人は初老の男性。赤黒いローブを身に纏い、総白髪になった髪を後ろへと撫でつけ、厳しい鷲鼻が老人の神経質さを現しているようだった。
一人は同じように赤黒いローブを身に纏い、しかし着崩して褐色の肌と女盛りの豊満な体を惜しげもなく晒している妙齢の女性。陶然と潤んだ瞳には、何かを期待するような色を帯びていた。
「仕込みは上々、と言ったところか」
「はい。長かったですね、16年は」
「前回の戦争で規定値に到達する寸前で終戦だ。全く、トライアードは余計なことをしてくれる」
「ですが無駄ではありませんでした。あの時に死んだ魂は、未だこちらの手の中に」
老人の憎々しげな言葉に、女は微笑みながら指先で己の唇を撫でる。
「まぁ、今回はその意趣返しも込めて巻き込むがな」
「ふふ。後少し、ですねぇ………邪神デルガミリデ様の復活」
蠢く闇の中、遠くで祭りの喧騒が聞こえる。
あれが終わった時に、再び始まるのだ。
新たな死人、新たな魂を焚べて―――彼等、デルガミリデ教団の
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