第三十二話 変わるトライアード家の戦闘教義と末弟のいない日々
戦争と一口に言っても、実際に軍と軍がぶつかるまでは相当の時間がある。
宣戦布告をするしないを選択してじゃぁよーいどん、が戦争ではないのだ。軍とは即ち兵士の集団だ。兵を維持するための兵站、集めて戦わせるための動機、戦いを維持するための士気高揚、勝たせるための兵装、戦略、戦術、作戦等々指揮官が用意することは山のようにある。準備八割、という社会人の鉄則は当然ながら戦争にも適応されるのである。他国よりも兵を鍛え、武装を更新し、糧食を備蓄し、情報を集める。畢竟、一般人が平和だと思っている時間ですら国家を運営する人間にとっては戦争の一部なのだ。
そんなことに思い至るはずもない幼少期、ミドグリフ・トライアードは単に強い将兵を擁する軍さえいれば戦争は勝てると思っていた。
それが間違いだと思い知らされたのは11歳の頃になる。
教師役の騎士団長の講義で、弟であるジオグリフとの議論が白熱したのが発端だ。英才教育を受けていたミドグリフは、教科書通りの布陣や戦術を提案し、ジオグリフは奇抜とも言える作戦を提案した。
議論となったのは、騎士団長ジャン・ピエトールがジオグリフの作戦を聞いて「いや、しかし………うーむ、一理ありますな………」と唸ってしまったからだ。
この時、ジオグリフが提案したのは地球ではそれ程不思議ではない作戦である。地の利を活かし、幾重にも張った罠で敵軍を漸減し、最終的に包囲戦を仕掛けて殲滅する―――という、ある意味手垢まみれの常道だ。特筆すべき点があるとすれば、味方の損耗率に異様に拘っている点か。
紀元前からある戦法が何故この中世仕様の世界で奇抜と判断されたのか―――それは魔力の影響だ。
この世界では魔力によって魔法という超常現象を引き起こしたり、身体能力を上げたりとインチキ染みた人間がゴロゴロいる。
言うならば、ビーム撃つ軍師やエリアルコンボを決める将軍などと言った文字通りの
そんな中で出てきた地球産の
だが、ミドグリフとてプライドがある。天才児と謳われる弟と言えど、5つも離れているのだからと下に見たというのもある。ミドグリフが全くの間違いというわけではないのだ。少なくとも、この世界に於いての戦術ならば彼の考え方は正しい。
故に、「じゃぁ勝負しようじゃないか」と自信満々に言ってしまっても仕方がないことであった。
●
結論から言って、ミドグリフは敗北した。まさかの完敗である。それも1000対50という20倍の兵力差があったのにも関わらずだ。
ミドグリフが率いたのは第一騎士団の若手ではあるが、それでも個人模擬戦では上位者に入る
最初は同数での演習を提案したのだが、「流石に千人規模だと私の指揮能力を超えると思うので、信頼できる少数でいいです。代わりに先に現地入りをさせてもらって罠を張らさせてください」とジオグリフが固辞したためにそうなった。
これにはミドグリフも眉を顰めたが、元々が地の利を活かしたり罠を張ったりと騎士道からしてみれば姑息な手段の是非から議論に発展したので、仕方無しに許可をした。
この時、部下達が「所詮は子供の考えることですな」とか「帰ったら一杯やりましょう」とか「過去のデータを見れば負けることなど有りえません」とか「俺、今度結婚するんだ」とか馬鹿にした時に何か不条理な
そして草原で両軍が睨み合い、戦端が開かれた瞬間のことである。
「―――
ジオグリフが呟いた直後、大地がせり上がった。
比喩でも揶揄でもない。突如として地面から高さ30メートル近い壁が出現。1000人の騎士が一瞬にして分断された。しかも天井まで封鎖される念の入れようである。後にこれを仕込んだ本人から聞いた話では「ダンジョンってあるじゃないですか。いつか行ってみたいと思ってて練習用に魔法で再現したらいい感じにパッケージ化できたんで。フィールド魔法ってやつですね」と意味の分からない事を言っていた。
さて、分断された騎士団を迎えたのは罠の数々だった。大半が熊狩り罠、ワイヤートラップ、落とし穴の数々。特に落とし穴には多種多様な虫が敷き詰めてあったり半分が泥で埋まっていて這い上がることが不可能だったりと、死にはしなかったが落ちた段階で脱落する騎士が続出。救出用の装備も用意していなかったミドグリフは彼等を見捨てることしか出来なかった。尚、これが実戦であると竹槍を仕込んだり、その竹槍に糞便を塗りつけておいて感染症を狙うらしい。
青い顔をしながら慎重に罠を警戒しつつ
地球で言うところのゲリラ戦である。
それを飽きること無く繰り返され、徐々に部隊員が削られていき残り十数名となった所で唐突に迷宮が消失した。既に敗北は悟っていたミドグリフではあるが、この上何をやらかす気だ、と眉をしかめてみれば―――彼等は無傷で全数残っているロータス愚連隊に囲まれていた。
勝負有りか、と観念したミドグリフだが、ジオグリフはそう思っていなかったらしい。杖を掲げるとロータス愚連隊に魔法で
「野郎共!俺達の特技は何だ!?」
『殺せ!殺せ!殺せ!』
「この演習の目的は何だ!?」
『殺せ!殺せ!殺せ!』
「俺達はトライアード領を愛しているか!?ロータス愚連隊を愛しているか!?」
『ガンホー!ガンホー!ガンホー!』
「よろしい!ならば戦争だ!これより我ら、修羅に入る!神に会っては神を斬り、悪魔に会っては悪魔を斬る!情けを捨てよ!我々は現時刻を以て兵隊から山賊へ鞍替えする!最初の獲物はそこのエリート共だ!行くぞ野郎共!!」
『トライアード万歳!トライアード万歳!トライアード万歳!!』
「ロータス愚連隊隊規斉唱―――!!」
『ぶっ倒れるまでインファイト!!』
ゲラゲラ笑いながら
正直、演習にかこつけて暗殺されるのかと思った幼いミドグリフがガチ泣きしたのも無理からぬことであろう。
演習後、感想戦というのを提案されたミドグリフはジオグリフの作戦や戦術の基本骨子―――もっと言うのならば、その先にある領地運営への考えを騎士団達と共に聞くことになる。
「まず前提として、人材というのは有限です。特に、訓練された兵士は熟練の職人並みに替えが効きません」
「それ程かい?適当に徴兵して、訓練すれば良いのでは?」
目を真っ赤に腫らしながら首を傾げるミドグリフだが、彼が特殊なのではない。その証拠に、背後の騎士達も同じように困惑顔だ。人頭税という概念はあるのだが、中世仕様だとどうしても庶民は何処にでもいて勝手に増えるもの、と考えてしまうのが一般的なのである。
「領民はボウフラみたいに涌いて出るものじゃないんですよ、兄様。いえ、無理やり引っ張って来れば可能は可能なんですが、それをやると今度は内政が立ち行かなくなります。大工に金槌ではなく剣を握らせて、誰が家を建てるんですか?」
「それは………確かにそうか………」
それでも役割分担だとか得意不得意の概念はある。筋道立てて話せば一定の理解を示してくれるのをジオグリフは知っていた。この世界の人間は、前世世界と違って累進した知識群は浅いが知恵自体はさして変わらないのだから。
「更に、訓練すると言ってもその間の衣食住の面倒は領地持ちです。人一人育てるのにも結構な費用が掛かるにも関わらずたった一戦で使い捨てのように潰してしまえば、その分だけ丸損です。戦いの経験を他者に分け与えることも出来ずに死んでいくので、まさに消耗品ですね。しかも再度集めて育てるのにもまた金が掛かります。それを回収するのに増税をし続ければ、待っているのは領民の流出や反乱ですね。彼等が住む領地を守るための問題なのに、です」
「む、ぅ………」
「ですから、本来戦争というのは避けるべき事案です。とは言えそもそも戦争というのは政治的には外交手段の一つでしかありません。単なる外交手段をただ人が死ぬから怖いもの、と庶民に混じって為政者が一方的に忌避しては同じ感情を抱かない相手の増長を招くこともありますし、こちらがしたくなくても攻め込まれることもあるでしょう。だから武威を示して周囲を警戒させ迂闊に手出しをさせないように軍事力を育てるというのは大事なことです」
「問題はその育て方、ということ?」
「そうです。一騎打ちや力比べにこだわりたい気持ちは分からなくはないんですよ。私も男の子ですし、そういうのに憧れる気持ちは無くはありません。ただ、そうせざるを得ない状況であるのと、意図してそうしたのとでは、同じ結果でも至るまでに生まれた損耗が違います」
「損耗………ジオはよく損耗率に拘るね。最初の人材は有限、というやつか」
「ええ。基本的に、仕掛けられた戦争というのは相手の方が有利で、そして総数も上だと思って下さい。自分のタイミングで戦争を仕掛けるということは、その分だけ準備する時間があったということなんですから」
ここでジオグリフはこほん、と一つ咳払いして。
「戦いは数だよ兄貴ィ!」
「ど、どうしたの………?」
「いえ、兄弟、戦争、数の論争とあらば言わなければならない気がしまして」
通じるわけ無いよな異世界でこのネタは、と若干恥ずかしそうにしながらジオグリフは続ける。
「さて、大抵の戦争というのは数を揃えた方が有利―――ほぼその段階で勝負が決まります」
「けど、ジオはさっき50の寡兵で勝ったじゃないか」
「馬鹿正直に真正面からやってたなら負けてましたよ。だから地の利を活かして罠を張ったんです。兄様や騎士達が気に入らないと言った姑息なやり方でね」
ジオグリフが行った作戦というのは大層なものではない。地球の現代戦ではよく用いられているゲリラのやり口だ。自らのホームにて奇襲や待ち伏せを繰り返し、丁寧に丁寧に敵を漸減してその士気や補給線を挫いて弱体化させる防御戦術。そして最終的に数的有利になったら反転攻勢し、数の暴力で一気に圧殺して勝負を決めた。
「ここで注目してほしいのは、私の部隊は一兵も損耗を出していないということです」
「そうか………数が減ってないから、また同じことが出来る。しかも一度経験しているから、前よりももっと慣れた手口で」
「そういうことです。勿論、準備時間や疲労の回復時間、敗軍の将である兄様が経験したが故の対策なんかはまるっと無視しますが、理論上は千人でも万人でも同じです」
無論、その仮定はあくまで机上の空論だ。空論ではあるのだが、実際に地球では防御戦術に特化したゲリラが超大国を凌いで勝利した戦争があった。盤外での超大国の厭戦感情や世界各地の反戦運動が趨勢を決めたのも大きいが、超大国を相手取って装備や数で劣る貧困国がその時まで保たせたのが一番大きい。被害も大きく、相当なジリ貧ではあったが、相手が諦めるまで粘ったからこそもぎ取った勝利なのだ。
ただ頭数を揃えただけではそうはならなかっただろう。知恵や戦術を継承し、地の利を活かし、自軍がそもそも劣勢であると理解し、故に必死であらゆる手段を用い驚異的な粘りを見せた。
「戦争という極限環境で一兵も損耗しないというのは夢物語です。水物ですから当然ですね。実際の戦争では何人も死ぬでしょう。ですが兵士はその時だけを考えればいいですが、領主は勝った後や負けた後、更には次の戦争を想定しながら戦わねばなりません。相手が目の前の一国だけなら良いですが、大体の国は他にも仮想敵国がいるものです。手出しさせないように外交努力を重ねても裏切られて漁夫の利的に連戦を仕掛けられて、『前の戦争で疲弊しまくったので兵士がいません』ではお話になりません。じゃぁ次の戦争で人員を間に合わせたり、横暴な人事で内政に影響を出さないようにするにはどうするか」
「損耗率、か………」
「そうです。可能な限り兵士を生き残らせ、次につなげて戦力を落とさないようにするのも領主の役目ですよ。極論、散発的な局地戦になら敗戦してもいいんです。世の中、何度負けても最後の1回の大一番だけ勝って王になる人間もいるぐらいですから。だから戦争の落とし所だけは常に考えて下さい。これを失念すると、第三者の介入や勝者側に損得がない限りは族滅一直線です」
だから馬鹿正直な脳筋布陣は時と場所を選んで下さい、と今回の演習の発端となった議論へと持ってきてジオグリフは話を結んだ。
そんな弟を見てミドグリフは頷いて一言。
「―――もうお前が領主やったほうが良いんじゃない?」
「冗談よし子ちゃんです。私の将来の第一志望は冒険者ですよ」
「第二志望は?」
「地方役人になって窓際でダラダラします」
「領主は?」
「ミド兄様やルド兄様が死んだり、父様が次の子供作らなかったら仕方なく?あ、その時に兄様達の血が残ってたらその子に押し付ける気なので悪しからず」
ここから数年、ミドグリフは粘って何とかジオグリフを次期当主にするべく暗躍した。だが、それを察知したジオグリフが父に取り入って何らかの交渉をした後、ミドグリフを後継者内定するように仕向けたのはまた別の話。
●
そんな事があった9年後、ミドグリフ・トライアードは20歳となっていた。
金糸のような輝く髪に、サファイアのような碧眼。トライアード三兄弟の中で、母であるエカテリーナの美貌を一番色濃く受け継いだと言われるその中性的な容姿は、何処かの王族だと言われても信じられるぐらいには整っていた。ルドグリフが偉丈夫なら、ミドグリフは美丈夫である。まぁ、エカテリーナ自身が皇室の補助血統である公爵家の出なのだから、あながち間違ってもいないのだが。
そんな彼も去年の暮に母方とは違う公爵家から嫁を貰った。政略結婚ではあるが、事前に顔合わせや母方経由での親戚付き合いもあったので人となりは知っていたし、性格的にも相性がいいので問題なく新婚生活を送っている。そしてそれを以て正式に後継者として指名を受けたミドグリフは、しかし自身の執務室で幸せいっぱいとは程遠いシワを眉間に刻んでいた。
手にした資料は隣国の辺境―――早い話、トライアードと隣接するカリム王国ケッセル辺境領の情報だ。
密偵によるここ数ヶ月の情報の動き、そこから導き出される結論にミドグリフが頭を痛めていると、執務室の扉がノックされた。
「調子はどうだ?兄貴―――って、その顔は言うまでも無いか」
「ルド」
許可して入室を促せば、入ってきたのは軽鎧姿の弟―――ルドグリフだった。
「やっぱり何度計算してもおかしい。祭りにしては集まり方が異常だ」
手の資料を机の上に放り出し、椅子を軋ませて背もたれに身を預けたミドグリフは深く吐息した。
あのトラウマレベルの演習から、ミドグリフはジオグリフから為政者としての教育を受けていた。何で弟からそんなの受けているのだろう、と時々疑問に思うことはあったが、彼の語る理論は一々尤もで考えれば考えるほど合理的なので最終的には色々諦めて全部受け入れることにした。
その教育の一環で、情報の取り扱いやそれに関する組織の立ち上げにも関わることになったミドグリフは、領主の仕事を少しずつ父から引き継いでいる今になってその有用さを実感していた。
各地に放った密偵は、普段はその地で生活していて根を張っている。そこから送られてくる近況という情報の一つ一つは大したことないのだが、それらを組み合わせるとパズルのように一つの絵を描き出すことがある。今回の件で言えば、物資の集積率が異常値を示している。建前としては祭りのためなのだが、余りにも軍事物資が多すぎた。どう考えても祭りを隠れ蓑にしての戦争準備だとミドグリフが警戒するぐらいには。
「ってことは、やんのか。親父殿には?」
「もう言った。こっちも教練目的で物資を集め始めてるが………」
「間に合うかは微妙か………」
「逆に感知されて早まるかもしれないね」
奇襲を行う人間が一番警戒するのは、相手にそれを察知されることだ。それを示唆するような行動を起こせば、奇襲側が多少の準備不足に目をつぶって、体勢が整う前に仕掛けてくる可能性がある。だからこそこそと動かねばならないのだが、遅巧になれば当然出遅れは否めない。
そして始まって勝ったら、あるいは負けたら、この戦争の影響は周囲にどのような感情を植え付けるか、内政への影響は、そこから減るであろう税収や領民の補填方法は―――と、考えることは枚挙に暇がない。
「新婚だってのに大変だなぁ、おい」
「そっちだって婚約したばっかなのにな」
お互いに乾いた笑いをこぼした後で。
『こんな時、ジオがいればなぁ………』
眉間を深くする兄弟の口から出てくるのは、あの理不尽の権化である。
「もう聞いたよな?地竜の群れをしばいたって」
「聞いた聞いた。ついさっき素材が一部送られて来てさ、父様が直ぐに鍛冶屋に回してたよ」
「直接見たぜ。凄まじい量だったぞ」
「ウチの騎士団のほぼ全装備を更新できる量だし、後で僕らも呼ばれるんじゃないかな」
「出てって二ヶ月でこれだからなぁ。やっぱ当主に押し込んだ方が良かったんじゃね?」
「後継者を僕に指名した父様ですら直接は言わないけどそう思ってるだろうし、何より僕自身もそう思う。けど本人嫌がってるしなぁ………」
正直、慣例に従えばミドグリフが世襲するのが順当ではあるのだが、慣例から外れることなどそれなりにあるのだ。例えば、ミドグリフやルドグリフがボンクラのアホ子息ならばそれを理由に外すことも出来た。だが、ミドグリフは元々優秀であったし、ボンクラ化し始めていたルドグリフはロータス愚連隊と一緒に性根を叩き直された。
今更バカ息子を演じた所で周囲が信用しないだろう。無論、お家騒動を警戒したジオグリフの奸計であるのだが。
「『得意とする統治方法が違うから嫌です』って言ってたが、今の統治方法の他に何かあるのか?」
「前にそれとなく聞いたけど、所謂合議制でならと言っていたよ」
「村とかがやってる惣みたいなもんか」
言うまでもなく民主主義である。尤も、ジオグリフ自身が民主主義に疑義を呈しているので目指す先は違うが、前段階としてや慣れたやり方となればそれ以外にない。ただ、中世仕様な世界で単純に民主主義を掲げても絶対に成し得ない。
「けど動かすための人材見つけるのも大変だし、歴史背景の無い家の人間なんか誇りも無いんだから汚職しまくりだろ。しかもウチは帝国の端っこだし、王国に隣接してる。下手すりゃ国家反逆罪だぞ」
「そもそも読み書き出来て、周辺貴族とのやり取りやテーブルの下で蹴り合いながら協調の出来る一般人とかそれ本当に一般人?って突っ込むよね。本人が言うには時代が合ってないらしいけれど」
国家を運営する人間を民草から選出することになるので、どうしても均一な教育が必須。且つある程度の善性と悪性が同時に、しかもバランスが取れた状態が必要となるので基準となる道徳心が育っていることが大前提となるのだ。
善性だけでは国民は当然、他国の民を冷徹に見捨てられずいらぬ騒動に国民を巻き込む。
悪性だけでは権能に溺れて圧政をするようになり、暴君と変わらない独裁者達へとなる。
帝王学で幼少期から鍛え上げた王侯貴族ですら暴君が誕生することがあるのだ。一定の教育をしただけの国民から知名度や人気取りだけで舵取りをする人間を選出すれば、当然碌なことにならない。だからジオグリフはこの世界に民主主義を持ち込もうとはせず、また自身も政治から距離を置くことにしたのだ。時代や常識が合っていないからやるだけ無駄、と。
「アイツの考えることはやっぱわかんねーなぁ………」
「昔から掴みどころのない子だったけど、天才なのは間違いなかったからねぇ………」
今何やってんだろアイツ、とトライアードの麒麟児に思いを馳せた後、ルドグリフがここに足を運んだ本題を思い出した。
「話は変わるが、地竜装備の件、ウチの連中も混ぜてくれよ。あの量なら全部は無理でも何人かは更新できるだろ」
「良いよ。鍛冶屋には通達しておく。―――頑張ってくれてるしね。ロータス愚連隊」
「ま。俺も付き合ってから知ったが根はいい奴らなんだよ。ジオのヤツから入れ知恵を聞いた時にゃ半信半疑だったが」
「正直、胡乱な目で不承不承教官やったガーデルマンが『ウチの騎士団にくれ!』と言い出した時には何が起こったか分からなかったよ」
「教養がないだけで頭の回転は案外良いし、泥水啜って生きてきたから擦れているが根性はある。上流階級のツテは無いが、その分地下へのツテは強い。細々と器用なんだよ、あいつら。後はやりがいとそれに見合った報酬と心ばかしの名誉があれば、好転した環境を手放さない為に努力を示し、続ければやがて誇りになる―――だったかな。信じられるか兄貴。十年前まで領都の鼻つまみ者扱いだった連中が訓練がてら魔物退治するってんだから今じゃ英雄扱いだぜ」
「騎士団にもいい刺激になるんだよねぇ。合同訓練とかするとバチバチにやり合ってさ。その癖訓練後は一緒になって街に繰り出したりしてるから仲が良いのか悪いのか」
今や
「ともあれ、ぼちぼち準備しないとね」
「こっちも訓練仕上げておくかぁ………」
二人は口々に呟いた後、心を一つにする。
「はぁ………いやだな、結婚したばかりで戦争とか」
「はぁ………いやだぜ、婚約したばかりで戦争とか」
『こんな時、ジオがいればなぁ………』
巻き込んで総大将にしてやるのに、と二人の兄弟は思った。
●
一方その頃。
「―――へっぷし!ぶるる………」
「どうした先生。湯冷めしたか?」
「いや、何だか誰かに呼ばれた気がしたんだ………」
湯上がりに牛乳をぐびぐびやっていたジオグリフとレイターがそんな会話をしたとかしなかったとか。
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