第三十五話 SFオタによる魔力考察とアドラ砦陥落

 さて、ダスクにより煮詰まったスケジュールが解消されるまでは謹慎命令を下された三馬鹿ではあるが、一応帝都を出ない限りは自由にして良いと許可をもらっていた。そのため、翌日から彼等は拠点の改造―――いや、大改修に着手していた。


 元が大きな屋敷で、三人だけでも大分持て余していた。ラティア達が加入して人数が倍になった所で許容量はまだまだ余裕があるのだが、使い勝手で多少の問題が出てきたのだ。


 と言うのも、今までは男女三人―――実際にはおっさん三人だったのであまりに気にしていなかったが、風呂やトイレなどとうら若き乙女達と暮らすならば色々と気にしなければならない部分が出てきてしまう。


 そのため、暇な時間を利用して屋敷を改修することにしたのだ。設備関係の主導は前世で土木や設備工事のバイト経験のあるレイター。仕入れや内装関係は実家の商会にツテのあるマリアーネ。ジオグリフはダスクから振られる貴族との面談と役割分担をした。他の三人はパーティーを組んで初心者向け依頼を行って冒険者に慣れて行ってもらっている。


 そんな数日を過ごしたある日、ジオグリフが貴族との面会を終えて拠点に戻ってくると、庭先でレイターが運び入れた資材の検品作業を行っていた。


「おう。おかえり。先生が発注してた鉄はそっちに避けといたぞ」

「悪いね、レイ。わざわざ選別して貰って」

「まぁ、面倒なのはそっちに任せてるしいいさ。にしてもこの量―――戦艦でも作る気か?」


 鉄のインゴットが積み上げられ、ちょっとした小山になってるのを眺めて苦笑するレイターに、ジオグリフは収納魔法で回収しつつ肩を竦める。


「いやいや、まだ46cm三連装砲にすら及ばないよ」

「悪ぃ、俺が振っといて何だが元ネタが分かんねぇ」


 因みに大和型戦艦に積まれた主砲のことである。世界最大口径の46cm砲を三門まとめたこの連装砲の重量は1基あたり2500t―――当時の駆逐艦の平均的排水量がおよそ2000t前後であることを考えると、それを三基積んでいた大和型戦艦は駆逐艦三隻分の重量を載っけていたことになる。


「今、収納で確保してる分も含めて1000t超って所かな。大体、旧日本海軍の軽い駆逐艦一隻分」

「船は良く分かんねーが、10tトラックド満車100車分か。―――そう考えるととんでもねーな、収納魔法」

「ね。不思議なもんだよ、魔法って」


 自分の分かる分野で換算するレイターにジオグリフは頷く。


 実際、魔力量が多いからと言って未だに収納魔法の上限が見えないのだ。そもそも収納魔法の使い手自体がレアなので比較が難しいが、それでも出会った使い手の話を聞くに大体コンテナハウス一個分とか、自慢する人間でも25mプール一杯分とかその程度だ。


 同じ魔法を使っているはずなのに、何故ここまで違いが出るのか―――と言うのがジオグリフの研究者としての出発点でもある。


「で?あの鉄の山をどうするつもりだよ。マジで空飛ぶ戦艦作る気か?」

「最終的には考えてるよ。ほら、RPGだとゲーム終盤での移動手段は空飛ぶ乗り物じゃない?浪漫は大事、超大事」

「あー、気球とか空飛ぶベッドとか?」

「レイはそっち派か。私はブラックジャックとかだけど」


 ドラゴンなクエストを好むか最後の幻想を好むかで当時の小学生でも意見が別れた。まぁ、家が裕福だと両方追っかけたりそうでなくても友達とカセットの貸し借りをしたりしてたりもしたが。


「まぁ、浪漫だから作りたいしいずれ作るけど、まだまだ先の話だよ。今は実証段階って所かな」

「実証?何の?」

「魔力だよ」


 ぴっと人差し指を立ててジオグリフは言う。


「ある程度仮説は立ててるんだ。実はレイのお陰なんだけどね」

「俺の?」

「正確には


 そう言って指さしたのは、レイターの右腕にある鈍色のバングル聖武典だ。


「どう考えても質量保存の法則を無視してる。魔導具だからってこの世界の人間は片付けちゃうけれど、前世の物理法則からしてみればおかしいでしょ?」

「そりゃそうだが、それこそ異世界だからじゃね?」


 首を傾げるレイターに最初は私もそう思ったんだけどねー、とジオグリフは前置いて。


「この世界、魔力を抜きにすれば前の世界………もっと言うなら地球に準拠してる。物理法則から生物の進化、星の公転周期までね。どちらかと言うと、前の世界で言う中生代だかで魔力をポン付けボルトオンした感じ」

「………つまりアレか、この世界は地球の平行世界ってことか?」


 色々と考察と実験を重ねた結果、前世での科学技術―――ひいては物理学を筆頭にあらゆる学問が通用してしまうことに気づいた。異なる世界、あるいは異なる星にも関わらず、だ。


 前世で言うならば例えば火星。人類が太陽系内で唯一移住の可能性があるとされる惑星であるが、それでも重力は地球の38%、大きさも地球の半分しかない。公転周期は687日であり、1日の時間も24時間37分である。


 翻ってこの異世界―――おそらくはまだ名付けすらされていないこの星はどうか。


 地球での学問が通用してしまうことから想像できるように―――なのだ。


 この異常性に気づいた時、ジオグリフは戦慄した。重力、公転周期、自転速度も全く同じ天体など本当に存在し得るのか―――少なくとも、似た環境はある。だが、全く同じ環境の惑星は少なくとも前世で死ぬまでには発見されていなかった。


 つまり、ベースは地球で、そこから正しく『魔』改造され派生した世界なのでは?と考えるに至ったのだ。


「まぁリフィール神がどんな世界を用意したかを考察した所で意味はないし、何となくでやってそうな気はするけど」

「女神のねーちゃん、突っ込み属性のくせにちょっとポンコツ臭かったしな」


 へぷしっ、と何処かで残念女神がくしゃみした気がしたが無視。


「さて、ここで問題なんだけれど、魔力っていう不純物が入ったは良いけれど生物はどうやってそれと付き合うと思う?」

「そりゃまぁ、進化とかじゃねーの?」

「順当に考えるとそう。魔石を落とす魔物とかはそうやって進化した種だと思う。戦闘中の魔力の渦はそこが一番濃いし、死んだ後も滞留するからおそらくは魔獣にとって魔石が魔力の制御装置なんだろう」


 魔物が体内に持つ魔石は種族によってまちまちだ。心臓の近くに持つ種族もいれば、頭部に持つ種族もいる。


「じゃぁ、魔法を使うヒト型はどうだい?人間、獣人、エルフにドワーフ、魔族は魔石を持ってる?」

「いや、少なくとも人間はねぇな」


 レイターも村の防衛のために山賊退治などに参加したことはある。故に人を斬ったことはあるし、遺体を放置すれば疫病の元になることから、山賊の死体を焼いたこともある。少なくとも、その焼け跡から魔石が出たことはない。


「獣人やエルフにも無いよ。マホラやフェルディナも疫病対策で死体は火葬するようだけど、魔石が出たりはしないってさ」

「先生、そんなこと調べてたんか」

「ドワーフや魔族にはまだ出会ってないから分からないけれど、獣人やエルフがそうだから多分、同じ結果になると思う。となるとだ―――?」

「そりゃ、新しい臓器とか………」

「少なくとも人間には無いね。―――昔、ウチの騎士団の訓練の一貫で山賊を何人か解体したけど前世の教科書と変わらなかった」

「えぇ………」

「そうドン引きしないでよ。グロ耐性はつくし、騎士団の主な敵は同じ人間だ。何処が弱くて何処が強いとか、人体の可動域や筋肉や神経を把握するにはバラすのが手っ取り早い。リバースエンジニアリングって奴だね」

「そんな血生臭ぇリバースエンジニアリングあってたまるか!」

「まぁ、ともかく、少なくとも人間には魔力を司るような特殊な臓器は無い。じゃぁますます深まるわけだね。魔力の制御法」


 魔物にも魔法を使う種族や個体はいる。だが、それはおそらく魔石由来。ヒト型も同じく魔法は使える。だが、魔石は無しで。


 この共通項はどこか。この違いは何だ。


 そうやって地道に研究した結果、魔石の組成を調べることでジオグリフは一つの仮説に行き着いたのだという。あの鉄の山はその実験用だねと言う彼に、レイターは尋ねる。


「ふーん………で、結局、その仮説ってのは?」

「ああ、それはね―――」


 ジオグリフの仮説を聞き、レイターは「やっぱりこいつSFオタだわ」と再確認することになる。




 ●




 その日のジェイクの仕事はまさかの見張りだった。


 トライアード領軍、第二騎士団に所属するラファル隊はカッゾ平原の入り口に建てられたアドラ砦に詰めており、その副長であるジェイクもここ数週間はアドラ砦に缶詰になっていた。通常、1週間おきに交代要員が来るのだが、どうもこのアドラ砦の先―――即ち、カリム王国はケッセル辺境領の動きが怪しいらしく、内部的には厳戒態勢状態にあった。ここだけではなく、隣接する国境線全てに注視、万一に備えてしなければならないため交代要員は送れないらしい。


 妻子持ちの隊員達は大いに嘆いているが、ジェイクにとっては割とどうでもいいことであった。


 当年取って24歳。独り身、彼女なし。短く刈り上げた金髪に、野性味のあるマスク、兵士として鍛え上げた肉体からして比較的女性からの人気はあるし、彼自身もそれなりに手を出しているが―――何にせよ所属が悪い。


 第二騎士団は国境警備を主な任務にしていることから、年がら年中外回りだ。一応、トライアード領都の下町に住まいは確保しているが、年に半分は留守にしている。


 結果、彼女を作ってもすぐに浮気されたり寝取られたりと散々な目にあって未だに独り身である。今ではもう色々と面倒臭いので後腐れのない商売女としか付き合いがない。


 そんな彼の今日の仕事は新人がやるような見張りである。少なくとも副長の仕事ではない。だが、交代要員もなくここしばらくは詰めっぱなしなのだ。持ち回りではやってるが、限界はあるので変わってやらねばと思ったのだ。無論、それは管理者補佐たるジェイクにしても同様だったのだが。


 ぶっちゃけ、机仕事に飽きたので適当な理由をつけて逃げてきたのだ。頭が疲れたので気分転換に肉体労働で我を忘れたい。帰ったら書類は倍加してそうだが、人間、時には現実逃避は必要だ。


「どうだ?」


 そんな風に砦の胸壁からぼけらーと国境線を眺めていると、背後から声がした。内心、げっと思いつつもジェイクは振り返る。予想通り、赤毛の巨漢―――隊長であるラファルがそこにはいた。


「平和っすねー。本当に来るんすか?」

「ラドグリフ様はそう予測しているようだ。警戒に越したことはないだろう」


 怒られるかな、と思ったジェイクではあるがラファルはそこに言及しなかった。多分、彼も見回りと称して机仕事から逃げ出してきたのだろう。お互いに体を動かしている方が気楽な性格だ。


「そう言えば、隊長は16年前の戦争に参加したんでしたっけ」

「ああ、当時はまだ新兵だったがな」

「我が軍は圧倒的だったとは聞いてますけど―――実際はどうでした?」

「ラドグリフ様がご出陣された後は、大体噂通り―――いや、噂の方が大人しいぐらいだったな」


 16年前、カッゾ平原決戦にて帝国側で最も武勲を挙げたのはラドグリフ・トライアードだ。


 吟遊詩人に謳われる戦果としては単騎で敵兵数千を魔法で打倒し、続く一騎討ちを立て続けに18本行って全勝したことになっている。


 だが、その場にいたラファルは知っている。ラドグリフが放った大火炎魔法で敵兵が大体5000、その後に重度の火傷に苦しんで気道熱傷や腎不全、敗血症、多臓器不全に陥って死んだのはその数倍に登ると。


 今もラファルは炎の匂いを感じ取ると少し噎せてしまうくらいには、あの情景は目に焼き付いている。


「昨今はジオグリフ様がちょっと奇態な………もとい、狂った………ではなく、奇天烈な………」

「素直に頭がおかしいって言った方が楽ですよ」


 ジェイクの忌憚のない言い草に、一応御領主一族だぞジオグリフ様は、とラファルは苦笑しつつ。


「ともかく、稀代の天才魔導師と呼ばれているが、そう呼ばれる前まではそれはラドグリフ様の肩書だった」


 紅の大魔導師、朱のラド、火炎魔人などと様々な異名を取るラドグリフは、確かにレオネスタ帝国が誇る英雄であった。


 だが―――。


「だが、ラドグリフ様がご出陣される前までは、お前の懸念通りの戦況だったよ」


 英雄の足元には、数多の屍があるものだ。それは、敵味方を問わない。


「ギリギリだった。同期は当然、先輩達も多く死んだ。正直、二度と戦争なんかしたくないと思った」

「そっすか………」


 丁度その頃先代の当主―――レドグリフが病没した直後で、ラドグリフが当主になったばかりだった。それなのに主戦場がトライアード領だったから帝国軍や貴族達など方方の折衝に追われた。故に、トライアード領軍の最大戦力投入のタイミングが遅れてしまったのである。


 彼等は、ラドグリフが到着するまでの時間稼ぎを命を賭けて行うことになったのだ。


「やっぱ嫌っすねー。戦争。さっさと出世して安全な後方で窓際将軍してたいなー」

「はっはっは。お前の弓の腕ならいずれ出世は出来るだろう。実際、アルヴァレスタ弓騎隊から引き抜きの打診来てたしな」

「―――は?」


 ぽつり、と呟いたラファルの言葉にジェイクの脳内に空白が出来た。


 アルヴァレスタ弓騎隊。第一騎士団の部隊で、弓使いのスペシャリストが集まる精鋭部隊。憧れの領都勤務。そんな花形に引き抜きの打診。誰が。自分が。


 その空白に差し込まれる断片情報を咀嚼して、ジェイクは叫ぶ。


「え?ちょっと待ってください!俺そんなの聞いてないんですけど!?」

「ああ、隊長権限で断ったから」

「ちょ!部下の出世潰すとかサイテーの上司じゃないですか!」

「いやだってお前、乗馬下手だし」

「うぐ………!痛いところを………!」


 副長の癖に何時まで経っても馬の扱い下手だよなお前、とラファルに言われてはジェイクとてぐうの音も出ない。


 アルヴァレスタ弓騎隊、と名前がつくように馬での高速移動と弓の長射程を活かす部隊だ。当然、弓だけではなく乗馬にも長けていなければ話にならないのはジェイクでも分かっている。


「ま、実際には保留にしてある。最低限、まともに馬に乗れるようになったら推薦するつもりだったんだよ。―――だからちょいちょい訓練に乗馬を入れてるんだけどなー」

「あ、あれ嫌がらせじゃなかったんすね………俺だけやけに多いと思ってたら………」

「そのまま行かせたらお前も俺も恥かくし、かと言って引き抜きの件を餌にしたら調子に乗るし………扱いに困る奴だよ、お前は」

「しょ、精進します………」

「まぁ、そろそろ目処は立ったと思ったから―――」


 そうラファルが言い掛けた直後だった。何となしに向けた視線―――国境線に、彼は砂埃を認めた。


「おい、ちょっと待て。ジェイク、あれ、見えるか………?」


 ラファルに促され、ジェイクは目を細める。弓が得意なだけあって、彼の視力は並外れている。


「―――あれ、は………」


 そして、だからこそいち早く押し寄せる絶望に気づいてしまった。


「地竜です………地竜の群れです………!!」


 この二時間後―――彼等の奮戦も虚しく、アドラ砦は陥落した。

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