第三十話 湯けむりの中に見えるテコ入れ
『む………』
グリムエッダが意識を取り戻すと、視界に空が広がっていた。背中には地面の感触。そして。
「おう、目が覚めたか?」
自身の腹の上には対峙していた人間―――レイターが胡座をかいて見下ろしていて、それで自分が負けたのだとグリムエッダはようやく理解した。
『人間のオス………』
「レイターだ。覚えとけ、神鳥」
物理的にマウントを取っているレイターは、腕組みをしてニカリと笑ってみせた。実はグリムエッダが目を覚ます直前まで彼の羽毛をモフモフして楽しんでいたなどとはおくびにも出さない。
『なら我もグリムエッダと呼べ。神なる鳥など恐れ多い。そんなものは人間が勝手に付けた渾名に過ぎん』
ふぅ、と諦めたような吐息と共にグリムエッダは瞳を閉じて続けた。
『食うなら我だけにしろ。代わりに一族は見逃せ』
『いや無茶言うな』
三馬鹿から声を揃えた最速の突っ込みを食らってグリムエッダが視線をそちらに向けてみると、群れの子供たちがシリアスブレイカーズ一行の肩や頭やら手のひらにやら登っており、その足元には雌鶏達がいた。
彼等は長の諦めとも取れる引責の言葉を聞いて「里長ー!」とか「パパー!」とか「あなたー!」とか言わんばかりにぴよぴよコケコケ騒がしく鳴いているものだから、いくらこの世界の容赦ない倫理観に染まりつつある三馬鹿でも「じゃぁありがたく潰してチキン祭りにするか」とは言い出せなかった。
「それより、お前がこの一帯のボスなのか?」
『元は違ったが、ここ最近ではそうだな』
「あん?どういうこった?」
『実は―――』
レイターの尋ねに、グリムエッダが語ったものに一行は眉を顰める事となる。
●
「くぁ~………染みるぜぇ………今生初の温泉はよぉ………」
「あぁー………温泉とか久しぶり………前世でも最後に行ったの何時だっけ………」
エルフの村へと戻ってきた一行は、ようやく念願叶って温泉に浸かることが出来た。
「ほらレイター。まずは一献」
「おう、すまねぇな先生。じゃぁこっちも一献」
男湯に桶と米酒を持ち込んだジオグリフとレイターは、互いに酒を注いでやりおちょこを呷って。
『かぁ―――!』
おっさん臭い歓喜の雄叫びを上げた。
「で?先生。どう見るよ」
「んー?」
再び酒を注ぎ足して尋ねるレイターに、ジオグリフはグリムエッダの話を思い出す。
元々、グリムエッダ達はニヤカンドに生息していなかった。本人が言うには、もっと北西―――より正確に言うならばこの大陸の北東部にある伯符連山に住んでいたそうだ。場所的には帝国の国境を通り越し、2つほど国を跨いだ先にある。距離的には直線距離でも20000kmに迫る。
そんな距離を渡り鳥宜しく大移動してきたのかと問えば、グリムエッダは首を横に振った。
彼が言うには、ある日突然、群れごとこの場所に呼び出されたらしい。その瞬間、足元に召喚用の転移陣が展開していたのは間違いないと言う。そして転移陣の先に、フードを被った怪しげな人間達がいたそうだ。激昂したグリムエッダはその人間達を文字通り蹴散らすが、一部を取り逃がしてしまった。今回、シリアスブレイカーズに仕掛けてきたのはその怪しげな人間達が戻ってきたのだと思ったらしい。
結局、呼び出されるだけ呼び出されて放置状態になってしまったグリムエッダは、群れの安全を確保するべく行動を開始。何にしても縄張りが必要なので、近場の主―――ニヤカンドの麓を統べるクリムゾンベア―――をさくっと討伐し、その支配領域を奪う形で身を落ち着けた。川を堰き止めていた流木の数々は、その時の余波で生まれた木の破材であることが判明した。
川の水量は戻って、原因も突き止めた。継続して起こることではないし、これからはグリムエッダも気にかけてくれるらしいので異変は解決はした。
だが、ここで三馬鹿は当然、ラティアやカズハでも気づいた。
「まぁ、偶然じゃないだろうねぇ。―――地竜の件も」
地竜の時も、本来そこに生息していない生物が現れていたことに。
誰が、何の目的で、と疑問はいくらでも湧いて来る。今回、グリムエッダは躁獣玉などで操られてはいなかったようだが、彼のように神鳥と謳われるほどの猛者でなければ地竜の時のように操られる可能性もあったのかもしれない。
どう考えてもきな臭い流れになってきている。
「とは言っても我々は単なる冒険者だ。そういうのはお上から依頼があってからでいいさ」
一応ギルドに報告はするけどね、と気楽に肩を竦めた。
「流石に自分らで解決―――とは言い出さねぇか」
「身を粉にして滅私奉公した所でねぇ。人間、滅私なんてどこかが壊れてないと出来ないもんだよ。そんな真面目な人間ほど、裏切られたと思った時の反動が酷い上にその反動で壊れて戻れなくなるもんだ」
「真面目なやつほど極端から極端へ走るってか」
「そうそ。だからできる範囲で肩の力を抜いて適当にやれば良いのさ。もう私は公人でもなんでもないし」
「それを聞いて安心したぜ。勇者ムーブとか趣味じゃねぇしな」
「まぁ、若返ったお陰で多少、青臭い所まで戻っているのは否定しないけど。何でもかんでも自分で解決できると粋がれるほど初でも無知でもないよ」
苦笑する二人に、廊下側から声が聞こえてくる。
『お姉様―――!あたし達は一緒に家族風呂ですよ―――!!』
『ちっくしょうですわ!ちっくしょうですわ!私は女湯に!女湯に入りたいんですの!!』
『つーかまえた♡』
『ひぃ!?おのれあの馬鹿二人―――!!』
ドタバタと廊下を駆け巡る音をBGMに、レイターは顎をしゃくる。
「だから
「だって嫌じゃない?
「違いねぇ。温泉で覗きは定番イベントでフィクションだとワクワクするもんだが、リアルでやると単に好感度落とすだけだからな………」
「何なら後ろに手が回るし、かと言って今は合法になってる
故にジオグリフはリリティアに囁いたのだ。「家族風呂あるみたいだし、お姉様と二人でしっぽりどうかな?」と。
『私は!私は
『逃しませんよ♡お姉様♡』
『あぁあぁあぁあぁああぁぁぁ―――!』
足を掴まれて引きずられているのか、ぎぃぃぃと爪を立てる音を響かせて廊下側が静かになった。
『いーい湯だなぁ………』
そんなホラー映画のエンディングみたいな展開を超法規的措置で見なかったことにして、ビバノンノンと馬鹿二人は歌い出した。
●
一方、そんな風にして平和が守られた女湯では。
「いいお湯ですねぇ………」
「そうねぇ。ここ最近、温度調整難しくて満足に入れなかったから気持ちがいいわ………。それにしても………カズハ、着痩せするタイプなのね。羨ましいわ………」
「ラティア様もお肌がきめ細やかで綺麗じゃないですか」
「単なる種族特性よ。―――お陰で極一部が大きくならないのだけれど」
「あはは………」
「それにしても、マリアーネとリリティアはどうして別なのかしら?」
「レイター様が『こらてらるだめーじ』と仰ってましたけど、どういう意味なのでしょう?」
「あの三人、時々エルフも知らない言葉を使うのよね………」
そんな会話があったとか無かったとか。
●
月明かりだけが光源のテラスにて、男は背後の気配に向かって声を投げかける。
「結果は?」
「良好です。相変わらず召喚の指定はできませんが、躁獣玉を付けずとも敵地で暴れさせるだけでも十分に戦力となりましょう」
そうか、と男が振り返らず頷くと今度は気配の方が尋ねてきた。
「調達準備はどうでしょうか?」
「祭りにかこつけて物資の集積は済んでいる。人員もだ」
「では終わり次第、攻め込みますか」
「ああ、いつものじゃれ合いじゃない。貴様らデルガミリデ教団の力、当てにさせてもらうぞ」
御意に、と気配が消え再びテラスに静寂が残る。
「―――今度こそ滅ぼしてやるぞ………トライアード………」
男のその呟きは、誰にも知られること無く夜風に消えた。
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