第二十九話 ケモナーVS神鳥

 さて、ここで1つ、三馬鹿の強さについて語ろうと思う。


 この世界で最強は誰か、と問えばこの三馬鹿が名を挙げられないことは確かだ。しかし、この世界で強い連中を上から30人挙げろと問われれば、周知されていないだけで間違いなく入る程に育っている。


 この世界の強さの優劣には魔力が必ず関わり、そして揺るがない程の重心となっているためだ。


 現代の地球では強さを示す時に指標となるのはまず肉体。だが、それだけで優劣は決まらない。例え格闘技の世界チャンピオンでも銃弾を躱せないからだ。あるいは向き合って、あるいは撃つぞと予告でもすれば可能かもしれないが、本当の殺し合いをした時には肉体の優劣など武器1つで覆される程度でしか無いのだ。


 だが、この世界では身体を魔力の膜を纏うことによって銃弾を防ぎ、何なら動体視力を強化することによって引き金を引く瞬間を見切って回避できてしまう。


 誰もが一度は憧れるスーパーマンが如き身体能力を、魔力というトンデモ粒子だかインチキ素子だかで再現できてしまうのだ。


 故に、この世界の強さに於いて身体の恵体というのはそこまで影響を及ぼさない。無論、皆無ではないし、魔力量が少なく、且つ扱いに慣れていなければ単純なフィジカル差というのは覆し難いものになる。


 では、話を戻して三馬鹿が世界順位の上から30番前後だとして、三馬鹿同士でやり合ったらどうなるか。


 圧倒的な魔力量と手数を持つジオグリフ。

 召喚と契約によって72の影の獣を従えるマリアーネ。

 魔力を用いた身体能力の超強化と聖武典による変幻自在の武器を振るうレイター。


 互いの手の内と戦闘様式を開陳した三馬鹿が出した結論は、三竦みの相性論であった。


 ジオグリフの収納魔法から取り出される圧倒的な弾幕による面制圧をレイターは切り抜けられないが、マリアーネの72の獣程度なら掻い潜る。

 レイターの超強化による一点突破は回避できないが、ジオグリフの面制圧を影の獣達はマリアーネから魔力を供給されなくても独自にそれぞれ保持しているので強引に突破できる。


 ジオグリフは魔法による超火力。

 レイターは身体強化による突破力。

 マリアーネは影の獣達という手数と個体毎に持っているタフネス。


 ジオグリフはレイターに強く、レイターはマリアーネに強く、マリアーネはジオグリフに強い。


 三馬鹿の力関係は基本的にこのような三竦みで成り立っているのだが―――たった1つだけ、例外がある。


 それは差し向かいで、そして近距離で戦闘開始した場合だ。レイターが即座に密着して距離を取れないためにジオグリフもマリアーネも、開始直後から防戦一方のまま押し込まれてしまうのだ。


 それこそがジオグリフの「向かい合ってのよーいどんなら、私達よりよっぽど強いから」という台詞の真意だ。


 故に。


「―――っらぁっ!!」

「コケェ―――!!」


 神鳥とまで謳われるグリムエッダに対し、レイターはステゴロで互角の戦いを繰り広げていた。




 ●




「おや?」

「あら可愛い」


 最早観戦気分でシリアスブレイカーズ一行が昼食を取りつつその戦いを眺めていると、何匹かの黄色いひよこ達が近寄ってきていた。少し離れた所で雌鶏の群れがわたわたしながら早くこっちに逃げてきなさいとばかりに翼をバタバタさせている。


 どうやら好奇心旺盛なひよこ達がシリアスブレイカーズの昼食に釣られて、親の目を盗んでやってきたようだ。


「ふぅむ………食べるかい?」


 つぶらな瞳でキラキラとサンドイッチやお握りを見つめているものだから、ジオグリフが「野鳥に餌付けは炎上案件なんだけどなぁ。まぁ異世界だからいっか」とついついちぎって分け与えてみると、欠食児童宜しくガツガツひよこ達は食べ始めた。


「ほら、親御さんもどうぞお食べなさいな」


 がっくりと崩折れる雌鶏達もマリアーネが呼んでみると「すいませんすいませんうちの子が」と言わんばかりに首を振りながらやってきて、遠慮がちに食べ始めた。中にはひよこが食べやすいように更に小さくしている個体や、食べないでひよこに分け与えている個体もいる。


『神鳥の一族と意思疎通している………!?』


 本人達は単に野生動物に餌付けしている感覚なのだが、ラティア達にとっては精霊獣が率いる群れと意思疎通しているように見えたらしい。


「こうして見ると鶏というか、ひよこは可愛いもんだねぇ………。よしよし、いっぱい食べて大きくなるんだよ」

「ほら、貴方達の長が頑張ってますわよ。がんばえーって応援しないと」


 ひよこを指先で撫でつつそんな事を宣う馬鹿二人に、リリティアが遠慮がちに疑義を呈す。


「あの、マリーお姉様?一応、パーティーメンバーの方を応援するべきでは?」

「そ、そうです!レイター様は今、必死に戦っておられるのですよ!?」

「そう見える?アレ」


 カズハもクレームを入れるが、ジオグリフが顎で示す先には高速でぶつかる影2つ。時折距離を離してにらみ合っているのだが―――。


「どっちかって言うと楽しそうね」


 一人と一羽の口元が緩んでいるのを、ラティアは見た。


「近接戦闘で同格がいなかったからね。魔力有りだと既に『迅雷金等級』を超えてるって話だし、レイターが全力を出せる相手って実は今までいなかったんだよ」

「え?同格って、ジオグリフ様とマリアーネ様は………?」

『アレを相手に近接戦闘はマジ勘弁』


 カズハの言葉に馬鹿二人は瞳のハイライトを消して拒絶した。


 前述したが、距離を取ってからなら有利不利はあるが勝ち目はある。相性不利のマリアーネですら比較的勝率は高い。遠距離からならばほぼ一方的に殴れるので余裕で勝つことも可能なのだ。だが、密着した状態では駄目だ。こちらが手を展開する前に勝負を決めに来るのだから。


 故に、マホラでもそうだったが朝練の時ですら近接戦闘はジオグリフとマリアーネでやっているのだ。


「万を超える軍勢とか、スタミナをすり潰す戦い方でなきゃレイターを倒せないよ」

「単に数だけに頼ってもあの男なら『一対一を一万回やりゃ勝てるな!地の利を生かすぜ!』とかゲラゲラ笑って言い出しそうですわ」


 あぁ言いそう、とカズハですら思ってしまった。


「だからまぁ、少なくとも無様な結果にはならないよ。多分ね」


 腹くちくなったひよこ達をメンバーの頭やら肩やらに乗せながら、ジオグリフはそう言った。




 ●




「―――しっ………!」

「ケッ………!」


 幾度目かの交錯の中、レイターはこう考えていた。


(何て手触りしてやがる!あの羽毛もっとモフりてぇ!!―――って違ぇわ!くっそ新手の精神攻撃かっ!?)


 単なる性癖である。


(しっかしこの図体でなんつー回避能力だ。モフモフがセンサー代わりになってやがんのか?グレイズで何のポイント稼いでやがんだっての!)


 迫る蹴りを寸前で回避し、カウンターで胴体に向けて拳を突きこむが羽毛に阻まれる。触れることは触れるのだ。だが毛に触れた途端、凄まじい速度で回避される。羽毛から実体まで何センチあるかは分からないが、拳が届く前に回避行動を取られ、更にはそれが間に合ってしまう。


 流れ的にド突き合いになるだろうと予想していたが、こうも鳥という特性を全面に出してくるとは思わなかった。


(飛べる鳥ってぇのは基本的に中身がスカスカだ。衝撃なんかにゃ案外弱いってのが定番だが………!)


 ならば弱点もそれに準じているはずだ、と言うのがレイターの見解だ。そしてそれは概ね正しいが―――。


「コォ―――ケェ………!」


 グリムエッダの正面からの突撃。振り上げた右脚を踵落としの要領で振り下ろす。しかし、レイターが身を反らして回避すると見るや、蹴りの軌道が変わる。胴体付近で縦の蹴りが横の薙ぎ払いに変化し、半身になったレイターの足を捉える。威力こそ急に軌道を変えた為に無かったが、代わりに足払いに成功した。


 そのまま接地、入れ替わるようにして飛び出た左脚の振り上げがレイターを直撃。辛うじて防御するが、衝撃を殺すためにレイターは後ろへ自ら飛ばねばならなかった。


 僅かな滞空。その無防備な彼を、竜盤類の脚は見逃さない。残像さえ見える勢いでレイターの背後に回り込むと。


「ケケケケケケケケ!!」


 乱打を叩き込む。


(出が早ぇ上に変化球まである始動技に、このコンボ火力………!紙装甲スピードコンボ火力特化とか中2臭ぇキャラテクニカル性能しやがって!!)


 迫る蹴りを全てパリィしつつ、レイターが口調とは裏腹に笑っていた。格ゲーマーとしては面白いキャラ性能を見ると、対策を構築するのにワクワクせざるを得ないのだろう。


(この人間のオス………一対一に慣れすぎている!)


 その一方で、押しているはずのグリムエッダは内心舌を巻いていた。


 グリムエッダの蹴りは、魔力によって始動時と着弾時に強化される。始動時は速度を、着弾時には威力を増せるようにしているのだ。故にこそ、その速度は神速、その威力は軽く岩をも砕くのだが―――肉体を使った物理攻撃である以上、どうしても魔法のような面制圧は出来ない。一撃一撃を自ら狙って誘導し、直撃させねばならないのだ。


 であるが故に見切れるのならば躱せるし、迎撃して撃ち落とすことも可能だ。だがそれには最低でも魔力によって強化された動体視力が必要であるし、見切ったものに追随できる身体も必要だ。


 レイターは、それを全て備えた上で反撃にさえ転じている。


 平手で蹴りを強く弾くパリィと、レイターはグリムエッダの懐へと潜り込む。この瞬間の踏み込み速度は、グリムエッダに肉薄するほどである。


 大地を貫くような震脚。その衝撃で小石や埃が舞い上がり、放射線状にヒビが入る。両足、腰、肩、腕、そして右拳に捻り上げられた力と魔力が渦を巻いてグリムエッダへ迫る。


 レイターのカウンターはグリムエッダを確かに捉えた。


(この一撃一撃のなんと恐ろしいことか………!)


 だが、グリムエッダは身を捩り、僅か皮一枚分で回避。羽毛にずぼりと拳が埋まっただけで済んだ。


(守れば負ける………!攻めろ!!)


 事ここに至ってグリムエッダは覚悟を決める。


 元より種族的に頑健さは持ち合わせていない。スピードで撹乱し、手数で圧倒し、無傷でなければ負けるピーキー仕様なのだ。残機1のシューティングゲームをしているような戦い方で生き抜いてきたグリムエッダには、最初から守勢は似合わない。


 だからこそ一歩強く踏み込み―――。


「コケ………!?」

「ちっ!読みやがった………!」


 ぞわり、と長年培ってきた勝負勘からの警告で距離を取った。


「コォ………」


 何をする気だった、と警戒するグリムエッダにレイターは不敵に笑う。


「このままやり合うのもいいが、埒が明かねぇってのもあるな。さて、どうしたもんか………」


 グリムエッダはしばし黙考し、そして口を開いた。


『ならば、次の一撃で決めようぞ。人間のオスよ』




 ●




 唐突に聞こえたグリムエッダと思われるバリトンボイスに、一瞬の間を置いて。


『キャァァァァシャベッタァァァァァ―――!?』


 三馬鹿はネタに走った。


「いや、違う、これは意思を魔力に乗せて飛ばしてきたんだ!」

「こいつ直接脳内に!って奴ですの!?」

「神鳥だものね。何百年も生きていると言うし、共通言語ぐらいは体得しててもおかしくないわ。エルフだって他の言語学ぶし」

「クレハ様と同じ位階ですもの。それぐらい当然ですね」

「聖書にもグリムエッダは人の言葉を手繰って意思疎通をしたという記述はあったぞ」


 大興奮する前世組に、異世界組は至極普通の反応だった。温度差が酷い。


「へっ………喋るとは思わなかったからちょっと戸惑ったが、いいぜ。もう手は決めたんだ。次で畳んでやる」

『ならば我が奥義にてお相手仕る………!』


 言うやいなや、グリムエッダはその両翼を広げると天高く舞い上がる。


「あ、あれは!」

「ま、まさかですの!」


 太陽を背に飛び上がったグリムエッダを目で追いながら、馬鹿二人が戦慄する。


「知っているんですか!?ジオグリフ様!マリアーネ様!」


 何やら大技を繰り出そうとしているのは理解したカズハが心配そうにおろおろと尋ねると、馬鹿二人は頷く。


「それは時に改造人間が、時にザク神様が使う、主人公の技!」

「それはヒーローに許された必殺技!ですわ!」


 太陽を背に、重力を味方につけて、今―――必殺の。


『流星脚………!』


 流星が如く、グリムエッダはレイターに向けて加速した。




 ●




「ふぅ………」


 上空からのメテオドライブイナズマキックという直蹴りを前に、レイターは避けるのではなく迎撃の構えを取った。右手を下に、左手を上に。瞳を閉じて、意識を集中する。あの速度を前に、目で見て反応するのでは遅い。グリムエッダが羽毛をセンサー代わりにして危機回避していたように、レイターも魔力を周囲に広げてセンサーにする。


 求められるのは、1フレームのズレすら許されぬタイミングゲーだ。


 まだ、まだ、まだ、とタイミングを測って―――魔力センサーに感あり。


「―――!」


 かっと瞼を開き、既に眼前へ迫っていたグリムエッダの爪を両手で。しかし受け止めはしない。これは防御ではなく攻撃だ。レイターは格ゲーを嗜んでいるから知っている。スピードで勝る相手に有用なのは、じっくり動きを見極めジャスガからのカウンターか掴みを通すこと。


 再び羽毛グレイズをされる可能性を考慮したレイターが選んだのは、無論後者だ。


「―――ちぇぇいっ!!」


 そしてそのまま背負い投げの要領で後方へとぶん投げて、グリムエッダは大地に叩きつけられた。

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