第二十八話 三馬鹿と太陽神の使い

 霊峰ニヤカンド山。その麓に足を踏み入れた一行の前に現れたのは、予想だにしていなかった出迎えであった。崖に居並ぶ白い影の群れ。その中央、一際大きな白い影を見つけたラティアは余りの威厳にたじろいだ。


「な、何なの、この神々しさ………」

「間違いありません………これは―――精霊獣様です………!」


 カズハは聖獣である義母、クレハと似た気配を感じて相手の正体を看破する。魔力の高い獣人が聖獣となるように、魔力の高い動物もまた精霊獣となるのだ。この気配、この威圧感、この魔力は間違いなくそうだと確信していた。


 そしてその姿について覚えがあったリリティアも唇を震わせる。


「まさか………聖書に出てくる始まりを告げる者………太陽神の使い………予言の鳥………神鳥、グリムエッダ………!?」


 陽の光を受けて、白銀に輝く白い羽毛。


 太陽を象徴するかのような真っ赤な鶏冠。


 万物を切り裂く鋭く、そして太く発達した脚。


 そして黄色い嘴をガパリと開くソレに対し、三馬鹿は―――。


『でっかい鶏だコレ―――!!』

「コォ―――ケコッコォ―――!!」


 中型トラック並の大きさの鶏に大興奮していた。


「いやぁ、食べごたえありそうだね!」

「フライドチキンにしましょう!時々食べたくなるんですの!カーネル的なアレが!」

「あー分かる。毎月28日は仕事帰りに特売パック買ってたっけ。で、ひとっ風呂浴びた後、冷えたビールでやるのがサイコー」


 じゅるり、と口元を拭う三馬鹿は既に狩人の目をしていた。


『揚げ物にビールは社会人の癒やし………!』


 その様子に、精霊獣の取り巻きの普通の鶏達は身の危険を感じてちょっと引いている。神鳥の種族たる彼等がまさかブロイラー扱いされるとは露知らず、しかしこの得体のしれない恐怖から来る震えは何だと困惑していると、グリムエッダが崖から飛び降り、華麗に滑空して着地。


 そしてたった一羽でシリアスブレイカーズ一行を睨みつけたまま不動。まるで掛かってこいと言わんばかりの態度だ。


「おや?何だろう?」

「ひょっとして一羽で相手するつもりなのかしら?」


 ジオグリフが首を傾げ、ラティアが推察するとカズハが頷いた。


「伝承によれば、精霊獣様は人知を超える知能を持ち、しかし必要以上に血を流すことを好まないと聞きます」

「聖書にはグリムエッダは太陽神の加護を求めた聖者と一騎打ちをし、力を示した聖者に力を貸し与えたと書いてあったぞ」

「この流れはアレですわね………」


 リリティアの説明にマリアーネに色々と察し。


「―――はっ。どうやらコイツはタイマンをご所望のようだ」


 レイターが一歩前へ出た。


「やるのかい?レイ」

「魔法を使うようにも見えねぇしな。なら、俺の出番だろ」


 聖武典を変化させること無くグリムエッダへと歩を進めるレイターに、カズハが声をかける。


「レ、レイター様!ご武運を………!」


 振り返ること無く、しかし親指だけを立てるレイターは無手のままグリムエッダと向かい合った。


「よぉ、待たせたな」

「コォ………」


 言葉を理解しているのか、ふるふるとグリムエッダは首を横に振った。まるで構わない、と言っているように思えて、レイターは苦笑。


 そしてそのまま互いに腰を落として身構え―――。


「じゃぁ、やるか」

「―――ケッ!」


 一人と一羽は激突した。




 ●




 聖武典は使わない、という判断をしたレイターは自身の魔力を全て身体能力と防御に回した。舐めプレイの類でも縛りプレイの類でもない。単純にそれが最適解だと本能的に察したのだ。


 そしてそれは正解だったと最初の一合で察した。


 グリムエッダと同じタイミングで前進し、飛んできた前蹴りに強化した右拳を合わせる。打撃音でもなく、擦過音でもなく、鋼鉄を打ち合わせた鈍い音が衝撃と共に来た。


 全数の7割近い魔力を拳に纏わせてようやく相打ち。レイターは普段、聖武典を使う際には全魔力を身体強化と防御も合わせて均等にしている。普段は聖武典に回している魔力を、今回は防御力にも回しているのだ。それを以てやっと拮抗した。


(痺れるねぇ………)


 精霊獣の名に恥じない火力にレイターは知れず口の端を歪める。何の強化もしていなければ、彼の拳はバターのように容易く切り裂かれていただろう。それだけに留まらず、余波は胴体にまで及んでいたかも知れない。


 しかもグリムエッダは追撃をせず、一旦距離を離した。地竜の時のように知恵もなく、ただ身体のスペック頼りの相手ではない。相手を観察し、戦いの流れを構築する戦士と同じ所作だ。


(滾ってくるじゃねぇか………!)


 元々が対多人数よりも一対一が能力的にも性格的にも得意なレイターは、ふつふつと胸の底から湧き上がる高揚感を覚えていた。


 一方、同じようにグリムエッダも相手を強敵と認めた。彼としては今の一撃で無慈悲に決めて、後方の敵ジオグリフ達を萎縮させるつもりだったのだ。可能ならばそのまま死体を抱えて撤退させ、自分の噂を人間たちに広めてもらえば寄り付くこともないだろうと。一罰百戒は生き物であれば大抵通じるのだから、と。


 しかし、それは覆されることになる。受け止めるどころか拮抗させてきたのだ。


(この人間………大した功夫を積んでいる………)


 通常は抑えていたのだろう。激突の瞬間に内蔵魔力が目を瞠るほど増大した。本能的に距離を取れば、その魔力は再び抑えられる。おそらくは瞬間出力に重きを置いた鍛錬を重ねてきたのだろうとグリムエッダは推察した。


 巨大な魔力を持つ存在にありがちなのだが、力を誇示するために常時垂れ流しという無駄な行為をすることがある。例えばそれはドラゴンだとか、生まれながらにして強い種族に多い。確かに他者を威圧できれば争い自体は減るので丸っ切り無駄とは言わないが、それは最初から持てる者だからこその傲慢だ。


 翻ってグリムエッダはどうかと言えば、元は単なる鶏だ。紆余曲折あって魔力を獲得し、長く生きていく中で育てて強くなった末に神鳥と呼ばれるほどになった。


 今でこそ亜竜程度なら軽くあしらえるし、条件次第では神竜種にも拮抗できる。だが、ここに至るまでの道程は決して平坦ではなかった。


 特に身体強化の強弱は魔力の多寡に左右される。魔力量があればあるほど長く強力に身体を強化できるし、攻撃にしても防御にしてもこれがグリムエッダの戦いの要だ。人間のように魔法が使えないのだから当然なのだ。


 魔力を育てた、ということは弱かった時期、少なかった時期があるということ。


 そこを生き延びるために、彼は魔力を効率的に運用する方法を模索した。湯水の如く常時魔力を纏うのではなく、駆け出す瞬間、ぶつかる瞬間、見た定めた一瞬一瞬ピンポイントにのみ全力で魔力を注ぐ。当然、タイミングはシビアになるが格上を相手にする時は勿論、数で劣る時も継戦能力を落とさないために有用だった。


(この人間のオスは、我と同じか………!)


 ならば最早遠慮は無用、とばかりにグリムエッダは翼を広げる。


 一合を終え、互いの所感を確認した一人と一羽は笑みさえ浮かべて対峙する。




 ●




「ジオー、少し早いですがお昼にしましょう」


 そんな激突を余所に、マリアーネが提案してジオグリフは頷いた。


「そうだね。ほら、リリティア。君もいつまでもマリーに引っ付いてないで手伝って」

「何故あたしがそんな事を―――」

「パーティー除名と教会へのチクり告発、どっちがいい?」

「ぐぬぬ………」

「いいですことリリティア。パーティーに所属する以上は、協調性が大事ですの。えぇ、時に自分の欲望よりも大事なのですわ………!」


 どの面下げて言ってるんだろうこの馬鹿、と思わずチベットスナギツネのような虚無顔になるジオグリフに、ラティアが心配そうに声をかける。


「でもジオ。レイターを助けなくても良いの?相手は精霊獣よ?貴方やマリアーネの力が必要なんじゃ………」

「あー、大丈夫大丈夫」


 収納魔法から広めの茣蓙を取り出し広げる彼は、呑気な声音のままこう言った。


「レイターはね。―――向かい合ってのよーいどんなら、私達よりよっぽど強いから」

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