第二十七話 霊峰に潜むもの
「お姉様♡お姉様♡」
「なんでこうなった………なんでこうなった!ですの!」
フェレスク大森林を西へと進む一行―――の一人、マリアーネの右腕に引っ付き虫が如くへばりついたリリティアのご機嫌な様子に反して、張り付かれている方は地団太を踏むようなステップで歩いていた。心なしかネタの振り方までヤケクソである。
「ネタに振るくせにキャラはブレないんだね」
「ネタに振ってないとやってられないんですわ!!」
キィ―――!とジオグリフを睨むマリアーネだが、この状況を生み出した彼は肩をすくめるだけだ。
「しっかしこうなるとは………流石先生。俺はもう殺ることしか考えてなかったわ」
「まぁ、昔取った杵柄だねぇ。目立つから強いリーダーシップとか人気取りにばかり注目が集まりがちだけど、本質的には有権者と関係各署との調整能力が一番大事なんだよ、
そんなのでも票集めて選挙にさえ勝てれば国の舵握れちゃうんだから民主主義って衆愚政治でしょ?と闇を覗かせるジオグリフに、そんなもんかと単なるトラックドライバーのレイターは曖昧に苦笑する。
「覚えてなさいな………ジオ………!」
「悪友防壁とか言って人を差し出した報いだよ。生贄にして良いのは、生贄にされる覚悟があるやつだけだってね。昔の偉い人も似たようなこと言ってたじゃないか。それにハーレムルートは残してあげたんだから、むしろ感謝してほしいぐらいだよ」
「ぐぬぬ………!」
恨みながらもマリアーネが大人しくリリティアを受け入れた理由がそれである。
ジオグリフがリリティアに示した契約内容は、簡単にすれば以下になる。
1つ、シリアスブレイカーズのメンバーとして認める代わりに、他メンバーに危害を加えない。
1つ、マリアーネとの仲を応援する代わりに、他メンバーの恋愛についても協力すること。
1つ、マリアーネが振りまく愛について、自身が正妻である限り容認すること。
1つ、上記のいずれかをやむを得ない事情もなく故意に破った場合、リリティアの性癖を教会に告発する。
マリアーネが大人しくする理由は三番目、リリティアが受け入れた理由は四番目にある。
ジオグリフが言ったように、リリティアが正妻というポジションをマリアーネが認める限りはハーレムルートが残ったのである。この世界、命が軽くて強さが正義の為、元々が一夫多妻制の世の中である。ヤンデレ進行度が比較的浅い今の内に懐柔し、立場を固めて教育していけばリリティアも丸くできる―――はずだ、という見込みである。
極めて楽観的且つ希望的観測ではあるものの、ヤンデレメーターが振り切った後でこの要項を詰めた所で受け入れられることはなく、全滅エンドは不可避な為、互いの求めるものをすり合わせが可能な今の内に仕込めば多少マシではないかとの判断だ。
そしてリリティアのブレーキが四番目。リフィール教会への
現代地球では多様性が認められているが、その地球でも中世ではその多様性は弾圧の対象だった。非寛容と後ろ指さされる日本の方が衆道という文化があった分、まだマシだったと言える暗黒期である。
文明レベルが同じなのだから、当然この世界でも同性愛は弾圧対象だ。まぁ実際にはそうした趣味の人間はいるし、民間レベルならバレても精々が白い目で見られる程度だ。だがこの世界の文化レベルは中世である。同性愛を禁じている宗教が権力を握っている中で、教会に属している聖女がそうであると知られれば醜聞そのもの。良くて暗殺、悪くすれば聖女から魔女へと転じてとかげの尻尾切り宜しく火炙りだろう事は想像に難くない。
麗しい女性同士の、一線を越えない友情―――そう偽って第三者的に保証するための契約である。
それを破るのであれば「おたくの聖女ゆる百合飛び越えてガチレズで困ってるんですけど」と教会に突き出されるのである。告発をひとまず回避できて、他の女が寄り付くことはあれど愛しのお姉様の一番になれる。まだ理性が残っているリリティアにとっては悪くない取引であった。
「うーむ。見事な軟着陸。俺じゃ強行着陸しかできねーな」
リリティアにとってもマリアーネにとっても、そして勿論シリアスブレイカーズにとっても悪い取引ではなかった。互いの妥協点、その重心を抑えた名裁きだったと言えよう。
正直身を守るために「もう殺られる前に殺っちまった方が良いんじゃねぇか?」とレイターは短絡思考をしていたので、こうした交渉を卒なく熟したジオグリフに感心していた。
元政治家の面目躍如と言った所か。
「皆様。止まってください」
「どうしたの?カズハ」
かくしてリリティアを迎え入れた一行がフェレスク大森林を川沿いに進んでいると、カズハが不意に立ち止まった。ラティアが尋ねるが、カズハは人差し指を唇に当てて、瞳を閉じて周囲を警戒。
「おぉ、耳が、耳のモフモフが………!」
ぴこぴこと狐耳を動かす彼女にレイターが鼻息荒く興奮するが、馬鹿二人が肩を押さえつけて暴走を許さない。
「この先、川の音が変わってます」
ややあってカズハがそう知らせてきて、一行は慎重に先へ進むことにする。
「こりゃぁ………」
そしてその先、高さで5メートルほどの小さな滝に幾つもの流木が重なって堰き止められていた。流れてきた木が引っかかって自然に組み合わさった為か、完全にではなく隙間や堰の上部から溢れ出た水が流れている。川の水量の変化はこれが理由だろう。
「普通の流木ではないわね。何か強い力で引き千切られたみたい」
組み上がったのは自然でも、流木の生成はどうやら普通ではないようだ。ラティアが積み上がった木を調べてそう判断した。
「ふむ………レイ、これを見てくださいまし」
「これ、鉤爪の痕だな………って事は鳥の類いか?にしちゃぁデケェぞ」
マリーも続いて調べてみると、確かに木の幹に鋭い爪を引っ掛けた痕を見つけた。その箇所から推察するに四本爪。そして木の幹を持てるほどの大きさだ。
「皆様、これを」
「随分と白い羽だな。何処か神聖な気配を感じるぞ」
次に、カズハが大きな羽を見つけた。ウチワヤシ並の大きさを持つその羽根は、白くキラキラと輝いており、聖女であるリリティアがそんな所感を述べた。
ふむ、とジオグリフは幾つか思考するが。
「ラティア、取り敢えずどうしようか。この堰を破壊してもいいけど、下流に影響出ちゃうかな?」
「村の手前には貯水池もあるから大丈夫よ。事前に相談もしているから、溢れそうなら水門を開けて流してくれると思う」
取り敢えず眼の前の問題は解決できそうなので、解凍一発で水の刃を展開。天然堰を切り刻んで水流を元に戻した。
「一応、これで問題自体は解決したが、どうするよ?」
「原因を放置してはまた同じことが起こりますわよね」
「良ければもう少し付き合ってもらえるかしら?これだけの戦力をまた揃えることも難しいから………」
ラティアの頼みにジオグリフは頷く。
「じゃぁ、行ける所まで行ってみようか」
リーダーの音頭で、一行は更に奥へと進む。
そろそろニヤカンドの麓に出ようとしていた。
●
風に流れる匂いから自らの領域に侵入者を感知したソレは、ふつふつと煮えたぎる怒りを覚えた。
(おのれ………またも人間か………)
ソレは少し前に、人間の身勝手によってこの地に呼び寄せられた。見たこともない土地で、あるいはソレだけならば帰ることは出来たかもしれない。そうした旅に出ることも出来たかもしれない。
だが、それには守るべき群れがあった。群れの中には、女子供もいる。長く、過酷になるかもしれない旅に連れて行くことは難しかった。
だから群れの長であるソレはこの地に土着することにした。
住処を作り、魔物を狩り、群れを存続させるためにあらゆる手を打ってきた。
この一週間余りでようやく慣れも出てきて、群れも落ち着いてきたというのに―――また人間がやってきたのだ。
次は何だ。
住処か。
群れか。
それともソレ自体か。
(許さぬ………許さぬぞ………!)
いや、もうどうでもいい。
人間は敵だ。
群れに脅威を齎す、倒すべき敵だ。
(二度も我らの平穏を奪われてなるものか!!)
ソレが雄叫びを天に響かせると、身内も呼応する。
霊峰ニヤカンドに、彼等の
戦いの時は、近い。
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