第二十三話 エルフの村の異変とその頃の帝都

『川が………?』

「ええ、生活用水は温泉もあるからまだ何とかなるし、畑は作付けしたばかりだからそこまで喫緊ではないのだけど」


 クレハの家に通されたラティアは、今エルフの村が置かれている状況を説明した。


 どうも一週間ほど前から近くを流れる川の流入水量が目に見えて減ってきているということだった。何故その情報をマホラに持ってきたのかと言えば、この里に流れる川も大本を辿れば同じ水源に行き着くからだ。


 ニアカンド山の雪解け水と地下水を源泉とする川は中腹あたりで3つの支流へと別れるのだが、北をマホラ、南をエルフの里へと伸びている。因みに、中央の支流は帝国の中央付近を流れる大河へと合流するそうだ。


 ラティアが尋ねてきたのは、他の支流の調査の一環であった。


『ふむ。妙だな………』

「マホラは問題ないのですが………」


 口元に手をやるクレハと、その横で正座をして神妙な面持ちのカズハを見てラティアは頷いた。マホラに入った辺りで、米の水田を見て普段通りだと思ったのだ。


「そのようね。中央の川もいつも通りだったわ。となると………」


 ニヤカンド山の中腹。川が別れた後で何かしらの問題が起こったと考えるのが自然だ。


「やっぱり川を遡上して調査した方がいいわね。あまり山へ行きたくは無いのだけれど、そうも言ってられないわ」


 あまり気は進まない、とラティアが眉根を寄せる。


 最初に川を遡上して調査しなかった理由がそれだ。ニヤカンド山の山麓から山頂はどういう訳か魔物の密度が濃く、そして強い。冒険者ギルドの狩猟目安に照らし合わせると、要金等級パーティになっているぐらいだ。不思議なことに、その凶悪な魔物達は裾野辺り、丁度フェレスク大森林との境目からは侵入して来ない。


 もしも侵入してくるようなら、エルフは当然、獣人達もこんな所に住んでいられないぐらいには強い魔物が多いのだ。調査をするにしても、ラティア一人では不可能に近いし、エルフで調査団を組むにしても時間がかかる。


 だから次のクレハの提案は渡りに船であった。


『なら、カズハも連れて行くと良い。あそこは魔窟だ。結界魔法は重宝するであろう?』

「それは助かるけども………いいの?」

『構わん。原因如何によってはマホラにも降りかかる火の粉になり得るだろう。それに、いずれは妾の名代、代行とするためにこの子を育てておるのだ。地竜の群れに襲われた程度で曲がるような肝の小さい娘ではないぞ。なぁ?カズハ』

「はい」


 両手で握り拳を作って頷くカズハにラティアは微笑んだ。先の地竜戦ではカズハとサクラの姉妹は大いに活躍したのだ。最終的に三馬鹿が倒したとは言え、彼等が来るまで持ちこたえさせたのは紛れもなく彼女達であった。


 ラティアにとって命の恩人、という意味では狐獣人姉妹も同様であった。


「ありがとう。あの時は貴方とサクラに救われたから信頼してるわ。後は―――」


 前衛ね、と続けようとしたところで襖がスパ―――ン!と開いて乱入者が現れた。


「話は聞かせてもらった!エルフは―――」

「一応突っ込んでおくがエルフは滅亡しねーぞ」

「この男、古傷抉っても暴走続ける当たり、本当にエルフスキーなんですのね」


 三馬鹿である。


 どうも盗み聞きをしていたようで、ある程度の状況を把握していた。レイターにネタの途中で突っ込まれ、言葉を失ってしまったジオグリフはこほん、と居住まいを正して。


「その様子では護衛が必要なのだろう?ならば我々、シリアスブレイカーズが引き受けようではないか」

「ま、リーダーもこう言ってるし、何より………」

「温泉!温泉あるって言いましたわね!?本当ですの!?」

「え、えぇ、今は川の水量の影響で温度調節が出来ないから熱くて入れたものじゃないけれど………」


 ラティアの肯定に三馬鹿は頷いた。


 マホラには米があり、それを元にした酒があった。おそらくは偉大な先人サイトゥーンが齎してくれたであろう技術で作られた清酒が。ツマミも勿論確保してある。


 そして温泉。大森林の奥地の秘湯。日本文化がある程度流れているのなら、きっと露天風呂。いや、ここまで来れば無くても作る。


「地酒はある。しかもほとんど日本酒で味もいい」

「風呂セットは先生が収納魔法で持ってきてるよな。現地のツマミもあるだろうが、そこんとこどうよ?姫」

「ウチの商会経由で仕入れた魚も加工して出立前にジオの収納魔法に突っ込んでおきましたわ。問題ないでしょう」


 つまり、やれてしまうのだ。


 社会に疲れた大人の贅沢。


 即ち―――。


『異世界湯舟酒………!』


 この三馬鹿、最早エルフ達の問題そっちのけで温泉旅行気分である。




 ●




 一方その頃、帝都の冒険者ギルドでダスクは渋い顔をしていた。


 ただでさえ歴戦の猛者で厳しい顔つきをしている彼がそんな表情をしていると、凶悪な犯罪者のように見えて一般職員など蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまう。普段から近くで接している秘書ですら、この状態の上司に話しかけたくはないと思っているぐらいだ。


「どうだ?見つかったか?」


 ギルドマスターの部屋を訪れた秘書に、ダスクは開口一番に尋ねた。


「いえ、彼等が拠点としている屋敷はもぬけの殻のようでして、一応管理人の人には話を伺えましたが、何処に行ったかまでは………」


 つまり空振りだったとの報告を受けて、ダスクは秘書に部屋から辞すように指示を出して一人になる。椅子の背もたれに体を預け、深く、深く吐息。


「一週間謹慎は言い渡したが、その謹慎明け直後に姿を晦ますなよ………」


 シリアスブレイカーズの事だ。


 地竜の群れを屠ったことは今、帝国中の噂になっている。


 まぁそれだけならば名を挙げたね良かったね、とダスクも素直に褒めていただろう。ギルド所属の冒険者が偉業を成し遂げたのだ。何なら個人的に金一封渡してもいいぐらいと思うほどの功績だ。


 これが冒険者ならば。


 しかしながら、彼等の背後が普通の冒険者でいさせてくれない。


 ジオグリフは辺境伯の三男。

 マリアーネは今をときめくロマネット大商会会長の孫娘。

 レイターですら『迅雷ガド』の弟子。


 まともな背景を持った人間ですら気後れするぐらいには、威圧的なのである。


 とは言えそこは人間の欲望。権力であれ武力であれ財力であれ、強い人間に惹かれてお友達になりたいと思う輩が後を絶たない。しかし真正面から居丈高に望めば、どんな地雷を踏むか分からない。地竜の群れ相手に勝ってしまうような連中だ。踏んでしまえば爆散は免れないだろう。


 だったら裏から手を回せばいいじゃない、というのが周辺の結論で―――その被害者がダスクなのである。


 つまり、シリアスブレイカーズに会わせろ、紹介しろ、という問い合わせが後を絶たないのだ。これが一般人の戯言なら自分で行けよと一蹴するが、ギルドマスターという立場上、無視できない立場の方々もいる。実はここ最近、三馬鹿がひっきりなしに参加させられたパーティー会食の数々はダスクが調整していた。


 何とこの男、気づかぬ内に三馬鹿のマネージャーみたいな立ち位置になってしまったのだ。


 そんな中で、シリアスブレイカーズの失踪―――いや逃走。ご丁寧に『ちょっくらコンビニ行ってくる』と言う謎の言葉と点と線で出来た謎の絵を書き置きに残して。コンビニって何処だ!とダスクが叫んだのは言うまでもない。


 以降、方方から突き上げを食らっているダスクは頭を抱えて唸る。


「何処行ったあの三馬鹿………!」


 まさか逃走中の馬鹿三人が温泉旅行状態になりつつあるとは、彼も夢にも思うまい。




 ●




 巨人の通り道と呼ばれる渓谷を、一人の少女が歩いている。


 神官服を身に着けた、青い髪の少女―――リリティアだ。彼女は手にした錫杖で地面を突いて、空を見上げると鼻を効かせるように息を大きく吸い込む。


「こっちからお姉様の匂いがする………」


 愛しの少女の匂いを嗅ぎ分けた彼女は、ある方角を見据える。


「待っててくださいマリーお姉様………!このリリティアが―――今、逢いに行きます!!」


 意気揚々と歩き出す彼女の先には―――マホラの里があった。

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