第二十二話 エルフさんの来訪

 カズハの朝は早い。


 義母クレハが家事がまるでできない人なので、この家では彼女と女中が持ち回りで炊事洗濯掃除を熟している。1500年生きて家事1つできないのはどうなのか、と思ったカズハではあるが、どうもクレハは元々良いとこのお嬢様であったらしい。そしてそのまま魔術研究に勤しみ、宮廷魔導師になった。ガオガ王国が崩壊した後は諸国をぶらぶらしていたらしいが、その際にも供回りがいたようで苦労はなかったらしい。聖獣化後は崇め奉られて里の長をしているから、尚更することもなかったようだ。


 結果、生活能力がまるで無い里長が完成した。


 とは言ってもそこは1500歳超。蓄えた知識や知恵は一般人を遥かに凌駕し、魔力は常に最盛期を更新している。このマホラが帝国内で一種の独立自治区としてやっていけている理由である。過去何度か帝国貴族が軍を出してマホラを制圧、領地化するために襲撃したことがあるようだが、クレハ率いるマホラ軍―――と言っても人数は徒党程度―――に真正面から叩きのめされたとのこと。


 さてそんな知勇兼備な義母を持つカズハは、クレハの直系であり加えて弟子でもある。特に結界魔法を得意とする魔道士で、その一点に関してはクレハをして『このまま育てば大成して妾程度には結界魔法を使えるであろう』と言わしめるほどだ。カズハもそれに驕ること無く日々邁進している。朝早く起きて修練を行い、その後に朝餉の用意。それを済ませた後で、皆を呼びに行く途中の事であった。打撃音が聞こえたので覗いてみると、中庭に三馬鹿がいた。


「あの………おはよう、ございます………?」

「ん?あぁ、カズハか。おはようさん」


 打撃音の正体はジオグリフとマリアーネだった。二人揃って「南斗獄◯拳!」やら「北斗◯衛拳!」ネタに塗れたじゃれ合いをしている。


 それを眺めるように縁側に座っていたレイターにカズハがおずおずと声をかけると、彼もこちらに気づいて挨拶をした。


「あの、皆さんどうされたので?」

「朝練だよ朝練。俺らの日課なんだわ」


 ネタのようなじゃれ合いは、どうも格闘訓練らしい。


 漫画やアニメに出てくる技など実用性がない―――というのが前世での一般的な価値観だ。まぁストイックな剣戟物や格闘物だと参考になるものはあるが、大抵は現実でやればネタである。白い目で見られるか、中二病乙とからかわれるのが関の山。


 ところが、である。


 今、この三馬鹿が居る世界は魔力という不可思議な力が存在する異世界である。それを運用して超高速機動を可能とするレイターからしてみれば、ネタがネタで終わらないのだ。何しろ剣に魔力を纏わせて斬撃を飛ばす事が出来る。つまり、魔◯剣やアバンス◯ラッシュがリアルで出来てしまったのだ。


 そこから発展して、「じゃぁ無◯波やかめ◯め波や◯丸出来るんじゃね?」と思いついた三馬鹿がいろいろ試した結果、出来てしまった。そこから彼等の訓練は前世のサブカルネタを何処まで再現できるかに移行した。何処まで真に迫れるかは不明だが、この世界にはない知識からもたらされる異質な発想だ。これは有用な武器になると考えたのだ。


 結果、朝練と称してネタの再現をするようになった。今日は格闘編であったようだ。


「勤勉なのですね」

「まぁ、チートもないしな」


 ちーと?と首を傾げるカズハに失言に気づいたレイターは話題を変える。


「それで、どうしたんだ?」

「あ、はい。朝餉の用意ができましたので、食堂に来て頂けますか?」

「おう、飯か。おーい、先生、姫!飯だってよー!」


 我が生涯に一片の悔い無しをするため、自滅用の技まで試そうとしていた馬鹿二人に死ぬぞお前らと思いつつ声をかけると二人はじゃれ合いを止めてはーい、と母屋に入ってきて―――。


「むっ」


 そこでジオグリフの動きが止まった。急に真剣な顔つきをして、何処からかフレクサトーンの音が聞こえた。


「どうしましたの?ジオ」

「この感覚―――エルフさんか………!―――そこ!」


 言うやいなや、ジオグリフは母屋から飛び出して一目散に里の入り口へと駆けていった。


「あの男、その内エルフを狩りそうですわね………」

「脱がし始めたら流石に他人の振りをしようぜ」


 爆走する馬鹿一人の背中を眺める二人の馬鹿は、呆れたように呟いた。


 自分のことは棚に上げる連中である。




 ●




 ラティア・ファ・スウィンは地竜騒動の後、避難民達が傷を癒やし帝都へと旅立つ3日ほどはマホラに滞在していた。避難民達が旅立った後、彼女も報告のためにエルフの村へと戻っていたのだが、その先で村長から使命を託されて再びマホラへと訪れたのだ。


 既に顔見知った門番達に通してもらい、里長クレハに会うために歩いているとある少年と再会した。


「あ、貴方は………!」


 ジオグリフである。彼はコホン、と咳払い一つして意気揚々と声を掛け―――。


「やぁ、エルフさ………」

「魔王!」

「―――」


 出鼻をくじかれて言葉を失った。古傷を抉られて声を上げなかっただけマシなのかもしれない。


 しかし、魔王と呼ぶラティアは目を輝かせている。ものすごいキラキラした目をジオグリフに向けている。アレ、これは案外感触悪くないのでは?と思い至ったジオグリフは思考する。ひょっとして、彼女は魔王に憧れているのかもしれない。心なしか頬が紅潮しているように見える。彼女の歓心を買うのに、ここで「いやいや私は魔王じゃないですよやだなぁ」と韜晦するのは悪手だろう。


 この間僅か0.3秒。悩みに悩み抜いた彼の決断。それは―――。


「久しいな、エルフの君よ」


 魔王プレイの実行である。無論、後に来るであろう傷痕から目を背けて。


「どうしてここに?」

「ふっ。我はただの人間としてはもう飽きたのだ。今は人間からの解脱を模索している」

「すごい………」


 何がすごいのだろう、と心の中の前世ジオグリフさんが背中を掻きむしりながら突っ込んだ。しかし今世ジオグリフさんは止まらない。


「名乗りがまだだったな」


 マントをばさぁ、と翻し両手を広げ。


「―――我はジオグリフ・トライアード。魂の放浪者だ」


 謎のポーズと共に名乗りを上げた。


「わ、私はラティア。ラティア・ファ・スウィン。フォレスク大森林のファ族が、スウィン家の娘よ」


 エルフさんも負けじと名乗って身体を抱えるように謎のポーズを繰り出すが、美人でモデル体型なので妙に様になっている。何これかわいい、と前世と今世のジオグリフは解釈一致で協定を結んだ。


「あの時はありがとう、ジオグリフ。貴方にはちゃんとお礼を言いたかったの」

「何、気にすることはない。それでも気になるのなら、ジオ、と呼んではくれんかね?エルフの君よ」

「そう?じゃぁ、私のこともラティアって呼んでね」


 ふっ、と意味ありげな微笑みを交わし和やかな空気が流れるが―――。


「我はジオグリフ・トライアード!」

「魂の放浪者だ………!」

「ぐっふぅ………!」


 追いついてきた馬鹿二人が再現を始めてジオグリフにクリティカルヒットした。


「ど、どうしたのジオ!?大丈夫!?」

「だ、大丈夫だラティア………少々、あぁ、少々、が疼くだけで」


 片膝を着いて苦しむジオグリフは、慌てるエルフさんを安心させるように微笑むが、馬鹿二人が容赦するはず無く。


「ジオ、と呼んではくれんかね!?」

「エェェェェルフの君よッ!」

「がはぁっ!!」

「ジオ!?ジオ―――!?」


 再現の追撃を受けてジオグリフは地面に沈んだ。


 尚、最後の気力を振り絞って地面に書いたダイイングメッセージには当然のようにケモナーと百合豚と書かれていた。

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