第二十一話 ここをケモナーの聖地とする!

「ふぃー。堪能したぜ………。今まで我慢してた分、つい熱が入っちまった………」

『あっ………あっ………あっ………♡』


 つやつやと金毛を輝かせ床に伏せてびくんびくんしているクレハと、こっちもつやつやした顔をして指をワキワキさせるレイターを見て、ジオグリフとマリアーネは思った。


『うーん、この溢れ出る事後感………』

「はわ、はわわわわわ………」


 止める間もなく情交―――もとい、ブラッシングに入った二人を止めることが出来なかったカズハは袖元を口に当てて顔を真赤にしながら食い入るように痙攣する義母を見つめていた。


「おかーさん毛並みつやつや………いいなぁ………」


 隣りにいるサクラが、おそらく言葉の意味のまま羨ましそうにするのでカズハも正気に戻る。


「ダ、ダメです!めっですよサクラ!貴方にはまだ早いです………!!」

「えー?でもねーさま、おかーさん気持ちよさそうだったよ?サクラもつやつやになりたい!」


 その言葉を聞き届けたケモナーがぐりん、と首ごとサクラの方を向いて笑みを浮かべる。まるでサイコスリラーに出てくる犯人のような笑みである。斧でも振り回してドアを破りそう。


「そうかい?お嬢ちゃん。じゃぁ―――俺がつやつやにしてやろう」

「ほんとっ!?」

「はわわ………」


 妹がケモナーの毒牙に掛かろうとしている。姉としては身を挺してでも守るべきなのだが、命の恩人を相手にそんな無礼な真似をして良いのだろうか、というか私もアレされるの怖い!と恩義と恐怖に揺れるカズハは目をぐるぐるさせたまま身動きが取れない。


 あわや幼気な少女がケモナーの毒牙に掛かろうと―――した時である。


『とぅっ!』

「ぐべっ………!」


 そんな鬱展開は許すまじ、と立ち上がったジオグリフとマリアーネが愛と友情と通報のツープラトンサンドイッチ式延髄斬りと顔面蹴りをケモナーに炸裂させて床に沈めた。


「成・敗!」

「悪は滅びた、ですわ!」


 ここにお巡りさんや憲兵はいないが、鬱クラッシャーズはいた。


「何しやがんでぃ!?」

「何でべらんめえ口調なんですの?」

「と言うかだね、流石に幼女相手だと犯罪臭が看過できないほどだと思うんだ」


 がばっと起き上がって抗議するレイターに、二人は諭してみるがケモナーはあぁ?と怪訝な表情を浮かべるだけだ。


「子狐をブラッシングするだけだぞ………?」


 ではここで想像して欲しい。


 ブラシを片手に大の男が幼気な獣人少女を押さえつけ、その身体を問答無用で撫でくりまわしている様を。その男の表情ははぁはぁと息も荒く興奮しているようで、少女も最初は擽ったがっていたが段々と艶っぽい声を上げ始める―――。


 何処の薄い本だろう、と思い至った二人の結論はこうだ。


『ギルティ―――!』

「何でだよ!健全だろブラッシング!!」


 やっていることが健全だからと言って、見た目が健全とは限らないのである。




 ●




 マホラの里は約1400年に実在した獣人の国の文化を色濃く継承している。というのも、住民の殆どが獣人国の末裔だからだ。


 では獣人国―――ガオガ王国とはどんな国であったのか、というのを実はジオグリフとマリアーネは調べている。ジオグリフは実家で書庫に篭っていたから、マリアーネは流通調査の一環である商品に目をつけてその存在を知ったからだ。


 結論から言って、ガオガ王国は転生者、及び転移者がいた可能性が高い。二人がそうした結論に至ったのには、幾つか理由があるが初代国王の名前が決定的だった。


 ケンスケ・カドラ・サイトゥーン。


 群雄割拠状態だった当時のこの地方を平定、獣人の国の初代国王に就いた人間。王座につく際、当時の有力者から獣人の嫁を貰ってミドルネームにカドラが付いているが、どう考えてもケンスケ・サイトウ―――サイトウケンスケにしか読めない。この時点でひょっとしてそうかな、と思った二人であるが、彼が齎した技術や文化を調べれば調べるほどに先進的でおよそこの世界の水準ではない。リフィール神いわく、度々世界を撹拌させるために異世界人を放り込んでいると説明されていたので、おそらく間違いないだろうと確信していた。


 その革新技術を用いられた中の1つに農作物がある。水田にて良く生育し、日本人の主食とも魂とも言える神すら宿る農作物―――。


「米ぇっ!久々の米ぇっ!!」


 米である。


 なんとマホラでは米を育てていた。夕食の際に出てきたそれにレイターは歓喜の雄叫びを上げた。ただでさえ肉体労働者にとっては切っても切れない相棒である。それを十五年も絶っていたのだからその歓喜振りも理解できるだろう。


「ほほほ。レイター殿は米が好きなのかぇ?ならたんとお食べ。そら、妾が給仕もしてやろうぞ」

「おう、あんがとな里長!」

「まぁ、里長とは他人行儀な。―――クレハ、と呼んでくりゃれ」


 その横でクレハがいそいそと甲斐甲斐しく世話をしていたりする。その様子をカズハとサクラがジト目で眺めているが「母も女であることを思い出したのだ」とばかりに素知らぬ顔で寄り添っていたりする。


「何だお前ら大人しいな!?米だぞ米!もっとはしゃげよ!」

「いや知ってますし」

「何で!?」

「何でってそりゃ………あー、そっか。レイの実家、平民だからか」

「基本的にお高いですし、かといって調理法が広まってるわけでもないですからねぇ」

「お前ら喰ってたのかよ!?」


 ジオグリフは実家の書庫で米の記述を見つけて即座に調査に乗り出し手に入れて、マリアーネも元々は米が市場に流通していたからガオガ王国について調べることになったのだ。


 だから二人は当然、知っていた。


「まぁね。高いから個人でだけど」

「夜中急にカツ丼食べたくなったので、頑張って再現しましたわ」

「ずっりー!!」


 何なら丼ものからお握り、炒飯に炊き込みご飯と時々食べたくなっては作っては食べていたそうだ。調理法の関係もあって人気はないし、その上高い。とは言え市場に出回っていたので、レイターも目をつけただろうと思っていたがそんなことはなかったらしい。


「決めた………!」


 レイターは意気込む。


 モフモフが大量にいて、米まである。ここはまさに桃源郷。ならばこそ―――。


「ここをケモナーの聖地とする!」


 マホラは彼にとっての聖地となった。


 ケモナーに目をつけられたとも言う。

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