第二十話 三馬鹿探検シリーズ ~モフモフを堪能すべく、我々は獣人の里へと飛んだ!~

 さて、そんな風に獣人の里へと進んだ三馬鹿一行ではあるが―――。


「怪しい奴らめ!大人しくせんか!」

「痛いですわ!―――うーん………やっぱりここは実力行使した方がいいのではないですの?」

「駄目だ駄目だ絶対駄目だ!このモフモフ達は住処を守ろうとしているだけなんだ!」


 里の入り口で獣人の門番達に囲まれ、簀巻きで転がされていた。


 さもありなんである。彼等が乗っていた馬車はちょっと、いやかなり怪しい魔王御用達と呼んでも過言ではないほどに禍々しい馬車だ。影の馬―――毛並みのことではなく炎のように揺らめくばんえい競馬に出てきそうな黒◯号と言えば伝わるだろうか―――が牽く、豪奢な馬車である。


 どう見ても商人が使う馬車ではない。では貴族かと問えばそれにしては牽く馬が禍々しすぎる。取り敢えず止めて、誰が乗ってるかと思えば成人を迎えた年頃の少年少女だけ。もう怪しさ満点である。これをスルーできるのならば、門番という職業は向いていないだろう。


「さて参ったね。言葉を尽くそうにも聞く耳を持たない感じだし………」

「あら?ジオにしては珍しいですわね。力こそ正義と言ってたのに強引には行きませんの?」


 正直、三馬鹿の力を以てすればこの程度の拘束はなんてことはないし、なんなら一度叩きのめした上で話し合いも出来る。マリアーネは面倒だしそうしようとしていたが、そこでレイターが待ったをかけたのだ。彼としては、戦場ややむを得ない事情ならいざしらず、ただ職務を全うしようとしているだけの獣人と矛を交えたくはないのだろう。


 ジオグリフにしても自分に賛成するかなと思っていただけに、マリアーネは不思議そうに首を傾げた。


「―――もしもエルフさんがいたら私が野蛮な人間だと思われるじゃないか………!!」

「先生も大概だなオイ」

「貴方が言って良い台詞ではありませんのよ?レイ」

「黙らんか!」


 とっ捕まって春巻きかエビフライが如く拘束されても個性が死なない三馬鹿に対し、門番が怒鳴るが彼等は素知らぬ顔でどこ吹く風だ。取り敢えず里の有力者の元に仲間が駆けていったようなので、そこで申し開きでもするかな、と三馬鹿が思っていると。


「何事ですか!?」


 凛とした少女の声が響いた。視線を向ければ、緋袴に白衣の巫女服。薄橙の狐耳に、尻尾。三馬鹿は知っている。名前こそは知らないが―――彼女が、地竜の群れに襲われていた避難民の中にいたことを。


「いけませんカズハ様!こんな不審な連中の前にお姿を現しては………!!」

『あ』


 巫女の狐獣人―――カズハも気づいたようで、しかし何故命の恩人達が簀巻きにされているか分からずに困惑していた。




 ●




「誠に申し訳ございませんでした………!!」

「いえいえ。お気になさらずに」


 カズハの説明により捕縛を解かれた三馬鹿は、里長の家に招かれて広間で改めて謝罪を受けていた。


「全く、乙女の柔肌に縄を打つだなんて」

「本当に、本当に申し訳ございません………命の恩人の方々に何たる仕打ちを………」

「ごめんなさい、おねえちゃん」

「マリー?」

「冗談ですわ。―――サクラちゃんは気にしなくていいんですのよ~?」


 ちょっとからかって遊ぼうとマリアーネが悪戯っ気をだしたが、カズハに同道していたサクラにまで頭を下げられては流石に限度を超えると思ったか、彼女は微笑んで誤魔化した。


「あ、あの、そちらの方は………?」


 そんな一同の中で、微動だにせず正座のまま一方向をじっと見つめる男が一人。


「いーか俺、ステイ、ステイするんだ………今ここでリビドーの限りに動けば絶対後悔する………だからステイ、ステイ、ステイステイステイステイステイステイ………!」


 レイターである。


「頼みがあるんだけど、連れに触れないでやってくれ。死ぬほど我慢してるんだ」

「必死ですわねー」


 彼が見つめる先は、カズハでもサクラでもない。


 ケモナーにあるまじきスルーであるのだが、流石にこれは仕方ないとジオグリフもマリアーネも思った。そう、彼の見つめる先、里長が座る場所にソレはいた。


『では改めて、ようこそ参られた客人。妾はこのマホラで長をしておるクレハである。里の者一同で歓迎しようぞ』


 圧のある肉声、金毛に九尾、人の形には近いが身体は当然、顔の骨格までもが狐のそれに近い獣人―――里長クレハの言葉にレイターは思わず胸を抑えた。


「ぐ、ぅっ………!!」

「こりゃレイにクリティカルヒットするよ。私でもちょっと触ってみたいもの。ケモ度で言えば3から4ってところかな」

「まぁ、ケモナーには特攻でしょう。それにしても………うーん、すっごいモッフモフですわねぇ………」


 カズハやサクラがガチケモナーからコスプレと揶揄される程度のケモ度ならば、ヨツケモ一歩手前のクレハはまさに万雷の拍手を以て崇められるレベル4に近い。大きさは人と同じぐらいであるが、二足歩行する九尾の狐が巫女服を身に纏っていると形容すれば分かりやすいだろうか。しかもちょっと大人の色香を感じるぐらいにはムチムチしている。


 そんな特攻生物がもっふもふの9つの尻尾をソファにして座っているのだから、ケモナーが心不全を起こしても不思議ではないのだ。


『そんなに妾が気になるのかえ?珍しい存在だとは思うておるが』

「いやー初めて見ましたよ。聖獣化、でしたっけか」

『うむ。これで1500年と少しは生きておる。もう数百年も生きれば神獣になるな』

「獣人の中でも特に魔力に優れた者が極稀に成ると、ものの本で読みましたけれど―――確かに魔力量が凄まじいですわね」


 神話レベルの伝承では、元々獣人は獣神の落し子とされている。その獣人が現世にて徳と修練を積むと、段々と獣のそれに近くなり、神獣という完全に獣となった先で天界にいる獣神に迎え入れられるそうだ。


 真偽としては眉唾レベルだが、実際にリフィール神を経由してこの世界に転生した三馬鹿にとっては一概にガセだと断じることは難しい。実際に神獣の一歩手前の状態の聖獣になっているクレハもいるのだから尚更だ。


 尚、聖獣化すると能力アップは当然、寿命が遥かに伸びるらしい。


『で、あるな。妾は元々帝国建国よりもずっと昔にあった獣人国の宮廷魔導師であった。内乱で国が崩壊した後は諸国漫遊がてら修行して、気づいたらこうなっておったわ』


 今の帝国が建国されてから800年ぐらいとされている。大陸の中では一番の老舗だが、それよりも前から生きている文字通りの生き字引なのだろう。帝国建国の際にもクレハが手助けしたらしい。このマホラが帝国領内でありながらも獣人だけで固まって、しかもどの貴族の紐付きにならずほぼ自治状態にある理由がそれだ。


『ところでそこな客人は妾に興味あるのかえ?』

「押忍!」

「どうした急に」

「何で体育会系ですの?」


 血走った目を向けながら、しかし鋼の精神で自制するレイターに興味を覚えたか、クレハが水を向けるとケモナーは声を張り上げた。外野の無粋な突っ込みなど最早耳に入らない。


『ふぅむ。見たところ、中々の武士もののふよな。良き覇気を持っておる』

「そうですよクレハ様。レイター様は地竜の群れをそれはもうバッサバッサと斬り捨てておいででしたから」

「お兄ちゃんすごかったんだよ、おかーさん!!ずばー!ずばー!って!!」


 カズハとサクラが身振り手振りでその活躍ぶりを伝えようとして、クレハはそうかそうか、と微笑ましいものを見る目で頬を緩めた。


『ふむ。カズハとサクラは直接救われたのであったな。―――改めて礼を言うぞ、客人。この子とサクラは妾の遠い子孫に当たる子らでな。親が早世してからは妾が代わりに面倒を見ておって、娘のようなものなのだ』


 なるほど、とレイターは頷いた。


(ムチムチメスケモママとは属性盛ってんな………!?)


 このケモナーは何処まで業が深いのだろうか。


『何ぞ望むものはあるかえ?妾に出来ることならするが』

『あっ』


 そしてクレハが何か礼をしたい、と告げた際にジオグリフとマリアーネは察してしまった。


「じゃぁ、よ………」


 すっとレイターは懐に手を入れ、ソレを掴む。取り出したるはブラシ。しかしケモナーが愛用するようなブラシがただのブラシなはずがない。


 厳選したマッドボアと希少種のアリアホースの毛の複合で作られた高級品。柄もトレント素材で作っており、何とニスまでこだわっている。その上、設計に前世知識をブチ込んでいるというこの世に2つと無い、まさに1点物。


 それを手に、彼は告げる。


「ブラッシング、させてくれ………!」


 まるで魔王に挑む勇者のような表情のレイターにクレハはこてん、と首を傾げた。


『そんなものでよいのか?それが礼になるのであらばよかろう』


 そんなもので本当に礼になるの?と不思議がっていたが、以下は彼女の心境の変化である。


『ふむ………中々の手並み………』

『おぉ………これは中々………』

『あぁ~………心地よい………』

『んっふぅ………♡』

『はふぅ………客人、これ以上は………あっ♡』

『―――おほっ♡』

『―――ッ!あぁぁぁああぁ~~~~♡』


 即落ち二コマにならなかったのは年の功だろうか。


 尚、健全なブラッシングであったことは、二人の名誉のためにここに記しておく。

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