第十四話 三馬鹿のシリアスブレイク理論

 森に残った痕跡はあからさまなものが多かった。大勢の足跡もそうなのだが、それに続くようにして木々が薙ぎ倒されていたのだ。こりゃ細かい追跡スキルとかいらんわな、とレイターは苦笑していた。


 とは言え、笑える事態ではない。こうも簡単に木々をなぎ倒せる巨体。まるで森を切り開いていくような痕跡を考えるに群れ。そして竜種とあらば大体の想像はついていたが―――。


「おいおいおいおい………とんでもねぇぞ、コレ………」

「ラルク、駄目だよ………こんなの、勝てっこないよ………」


 巨人の通り道、と呼ばれる峡谷に居並ぶ地竜の群れにアランとミラが言葉を失っていた。数は百を超えているだろう。


 地を這うドラゴン、と言えば鰐を大きくしたような造形が思い浮かぶだろうが、実際にはトリケラトプスやサイなどに近い立って走る生き物だ。ただ、大きさは小さいものでも体高は4メートルを超え、全長は7メートルに及ぶ。ヘラジカを超えて最早小屋レベルである。そして一際大きい群れのボスと思わしき地竜は更に大きく、高さ30メートル、全長は60メートルと大怪獣の如き大きさであった。


 そして彼等が睨むその先に、障壁を挟んで複数の人がいた。よく見ると、帝国軍人も確認できる。間違いなく、開拓村の生き残りだろう。


 だが、ラルクは苦渋の決断を下さねばならない。この戦力で地竜の相手は無理だからだ。


 救えない。助けられない。折角生き残っていた彼等を見捨てなければならない。


 命欲しさではない、と言うほど彼に高潔さはないが、ここで蛮勇を奮っても死体が増えるだけ―――で留まればまだ救いがある。真に恐るべきはその後だ。ここで自分達を含めた人間全てで腹を満たした地竜はどこへ行くか。当然、次の獲物を求めるだろう。単に他の野生動物を狙うだけならばいいが、狩りの成功経験があるのだから、当然その選択肢に人間が入ってくる。


 つまり、他の村を襲撃し始める。


 これに対して帝国も本腰を入れるだろうが、軍というのは基本的に鈍重だ。動き出せば止まらないし、その質量に比例して威力も大きくなるものだが、反面初動が鈍い。地竜討伐に動き出すまで、一体どれほどの村が犠牲になるか分かったものではないのだ。


 だがここで撤退し、情報を持ち帰ればその初動を幾分か早めることができる。彼等を見捨てることで、その後に続く犠牲者を減らす―――合理性を鑑みれば、それが一番の選択だ。その為に泥を被るのは、リーダーである自分だとラルクは考えた。


「ああ、撤退―――」


 そして苦渋の決断を口にしようとしたとこで、ゲラゲラといつものように笑う馬鹿が3つ。


「ひゃぁー。地竜の群れかぁ。竜の肉ってウメェって聞くよな。そこんとこどうよ貴族の先生」

「焼いてよし、煮てよし、骨は出汁まで取れるし捨てるとこないよ。昔、夜中に突然ラーメン食べたくなって材料にしたら背徳感も合わさって超美味かったんだ、コレが」

「味が軍鶏っぽくて濃厚なんですのよね。コラーゲンもたっぷりで美肌効果グンバツですわ。それに鱗や角や爪、目玉や内臓なんかも高く売れますのよ。錬金術の素材に使えるのでいくつか欲しいですわね」


 三馬鹿である。


 これだけの地竜の群れを見て恐れるどころか倒す気満々である。というか、もう地竜を食材としてしか見ていない。


『は………?』


 余りの認識の違いに絶句する『霹靂』の面々は恐る恐る問いかける。


「お、おいお前ら、何言ってんだ?地竜だぞ?」

地竜お肉ですよね?」

「それも群れだよ?」

「大漁ですわね?」

「勝ち目がない相手には逃げるって言ってたじゃねぇか!」

「単なる狩りだが?」


 しかし三馬鹿とは悲しいほど認識がすれ違う。


「それに見てくださいよ、彼等、やる気ですよ」


 その間にも状況が進行しているようで、避難民と地竜の間にあった障壁が解かれようとしていた。避難民側が意を決した顔をしていることから、これ以上の籠城は無理だと判断し、乾坤一擲の賭けに出たのだろう。


「おぉ!モフモフだ!モフモフもいるじゃねぇか!!」

「あらやだ、ちっちゃい子もいますわ。ぷるぷる震えて可愛らしい」

『えぇ………』


 今から起こるのは間違いなく地竜の群れによる虐殺食事だが、三馬鹿は全く気にした様子もなくのほほんとしている。とは言え、彼等は別に人が喰われるさまを笑ってみていられるようなサイコパスでもなんでも無い。


「ふむ………どうも認識の違いがありますね。地竜なら別に魔法通りますし問題ないですよ」

「師匠が昔、コレ聖武典使って赤竜斬ったらしいから地竜ぐらい別に行けるな」

「私の軍団は凶暴ですわ」

「ま、そんな訳でアレくらいならどうとでもなるんですよ」


 単純に、地竜をとして見ていないだけだ。


「いや、しかしだな………」


 それでも尚渋るラルクに、そろそろ助けに入らんと不味いなと判断した三馬鹿は一歩足を踏み出す。


「―――私達は、それぞれに色々柵があったんですよ。仕事だとか、性癖だとか、生き方とか」


 前世の話だ。


 夢破れ、忙しさにかまけて日々に埋没し、世間からは爪弾き。


「けどもう、そんな面倒臭いのに嫌気が差してさぁ」


 しかしそんな世の中で生きるには、誰が決めたかもわからないルール常識を迎合しなければならなかった。


「冒険者になったからには、自由人の名の下に好きにやると決めましたの」


 だが転生し、性善説や温い倫理観で雁字搦めにされた日本の法や価値観から解き放たれた。


「昔の偉い人は言いました」


 力こそが正義、という生物の本質は世界を超えても変わらない。むしろそれを気兼ねなく振るっても認められる世界なのだから、その責を背負える限りは好き勝手にしてもいいのだ。


「鬱展開はクラッシュするものってな」


 当然、力を振るう相手は選ぶが、ゲラゲラ笑ってこの世界を楽しむために容赦などしない。


「ならば壊しましょう、潰しましょう、蹂躙しましょう。私達の邪魔をするもの全ての理不尽を、更なる理不尽を以て」


 鬱屈した前世の分まで楽しんでやるのだ。少なくとも目の前の気分の悪くなる話シリアスぐらいは笑顔で破壊してやる。


「そう、我々は―――」


 何故なら彼等は―――。


『シリアスブレイカーズだから!』


 声を揃えて宣言した彼等は、とてもイイ笑顔をしていた。


解凍デコード!」


 直後、ジオグリフの魔法で三馬鹿は宙を舞う。




 ●




 結界が解かれていくのをカズハは見た。再展開はしない。これから始まるのは、命を賭けた鬼ごっこだ。避難民達は力尽きるまで獣人の里へと向かって走る。


「総員、構えろ!」

『おぉおおぉおおぉおおっ!!』


 それで生き残れるかは分からないが、その時間を帝国軍人達が稼いでくれる。だが、彼等が満身創痍なのはカズハも分かっていた。だから彼女もラティアも残って時間稼ぎをする。せめて妹と避難民達が、一人でも多く故郷に辿り着くように。


 説得には苦労した。何しろ幼いサクラでも分かるぐらいには、ここでの殿は決死隊だ。それでも最も生存率の高い方法はこれだ。


 圧倒的な存在感を放つ地竜達を前に、身体が震える。直前まで凛々しい姉を演じたのだ。今だけは弱音を許して欲しい、と思ってカズハは小さく呟く。


「誰か―――助けて………!」

「あいよ」


 まるでその呼び掛けに応えるように、馬鹿が空から降ってきた。

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