第十五話 舞い降りる三馬鹿

 声と共に鈍色の大槍が降ってきて、先頭にいた地竜の頭部を貫き大地に縫い付けた。即死である。如何に竜族が生命力旺盛とは言え、脳を破壊されて生きている程に摂理に反した存在ではない。いきなり仲間が瞬殺されて、地竜達は浮足立っていた。ついでにいきなり地竜がぶっ殺されたので突撃する直前だった帝国軍人達も一緒に動揺していた。


 その隙を狙っていた訳では無いが、カズハの眼の前に赤毛の少年が現れた。彼女の見間違えでなければ、上から降ってきたのだ。実はジオグリフの風魔法による突入人間砲弾であったりする。


「下がってな。後はこっちで引き受ける」


 その赤毛の少年―――レイターはカズハに背を向けたままそんな事を告げるが、カズハとて戦力の一人なのだ。素直には頷けない。


「し、しかし………」

「膝ぁ笑ってんじゃねぇか。ま、良く頑張ったよ、お前さん」

「あ………」


 しかしレイターはニカリと笑みをカズハへと向け、その頭を撫でる。


「―――後は、俺等に任せとけ」

「は、い………」


 半ば呆然と頷く彼女に背を向けて、レイターが右手を掲げると地竜に突き刺さった大槍が液体のようにドロっと溶けたかと思えば宙を奔ってその手に戻ってきた。そして今度は大剣となって、それ聖武典を手に彼は敵陣へと単身で斬り込み始める。


 さて、傍目から見れば初対面の狐獣人美少女カズハ相手にニコポナデポ主人公ムーブを決めて、とてもヒロイックな登場を果たしたレイターであるが―――。


(お・き・つ・ね・さま―――が、モッフモフ!あ、モッフモフ!ケモ度低いけど、モッフモフ!!後でそのモフモフ尻尾ブラッシングさせてくれよー!?あぁ~心がぴょんぴょんするんじゃぁ―――!!)


 大剣を振るってイイ笑顔で地竜を屠るケモナーの胸中は、こんなものである。




 ●




 一方のジオグリフは空から爆撃する予定であったのだが、帝国軍人達の後方で思わぬ人物を見つけてつい降り立ってしまった。


(エルフ!?エルフじゃないか!!)


 ラティアエルフである。


 攻撃魔法と回復魔法も使えて、メイン武装は弓である彼女は後衛にうってつけであり側面警戒要員としての役割を持たされていた。すとん、と彼女の前に降り立ったジオグリフは考える。


(落ち着け………落ち着くんだ私………人間は警戒されるはずだ。私は数々の読み物ファンタジーにてそれを知っている。亜人にとって人間は警戒対象、もしくは侮蔑対象。初手から気軽に接しては危険だ。まずは紳士的に、そう、ジェントルだ。ジオグリフ、お前はジェントルになるのだ………!)


 急に戦闘に乱入して無双を始めたレイターの様子も見ていたラティアからしてみれば、この人も彼の仲間なのかしらと若干警戒している。素性を知らないので手放しでは喜べないのだ。


 故に彼は紳士的な行動を心がけるため、ばさぁっとマントを翻して彼女にゆっくりと話しかけた。


「―――無事かね。エルフの君よ」


 紳士というか、中二病がそこにいた。この男、ロマンに出会って正体を失っている。


「え―――?ええ………貴方は………」

「申し遅れたな。私はジオグリフ・トライアード。黒鉄級冒険者だ。開拓村の調査を受けたのだが―――」

「あ、危ない!」


 戸惑うラティアに自己紹介をするジオグリフだが、そんなこと知らんわとばかりに横合いからレイターを無視して回り込んだ地竜が突っ込んできた。


解凍デコード。―――全く、無粋な。三下風情が我々の会話の邪魔をするな」

「え………?」


 しかし僅か一言で魔法を展開、瞬時に具現した地竜と同じ大きさの大雷槍が放たれて次の瞬間には消し飛ばされた。文字通り塵になって風に溶けたのだ。短縮しなければ数分の詠唱を必要とする上級魔法を単語1つで行使したジオグリフに、同じく魔法を使えるラティアは絶句。


 しかし当の本人と来たら「やべ、肉にするのに消し飛ばしちゃった。まぁいいか他にも一杯いるし。そんなことよりエルフさんエルフさん」と呟いている。


「それで、連絡が途絶えた開拓村の調査を受けた我々は、君達の痕跡を見つけて追いかけてきたのだ。まさかこのような状況になっているとは―――解凍デコード


 そして居住まいを正して再び説明を始めようとするジオグリフに、空気を読めない地竜さんが突っ込んでは解凍の一言で屠られていく。


「むぅ、しつこいぞ。彼我の力量差が分からんのかね?竜種と言ってもそれでは獣と変わらんではないか。これではエルフのお嬢さんとの楽しい会話すらままならん。仕方があるまい―――解凍デコード


 いい加減邪魔になってきてイラッとしたジオグリフは、空に数百もの魔法を一言で展開する。睨めつける双眸が顔に影を作り、浮かべる笑みが三日月へ。最早グラスゴースマイルのそれへと変化して彼は謳うように朗々と宣言する。


「貴様らは震えてではなく、藁のように―――疾く死ね」


 後に、魔王黒歴史増産モードと呼ばれる人格の爆誕であった。




 ●




 そしてマリアーネはと言うと、避難民達の方へと降り立っていた。視線は幼い獣人―――サクラへと向けられている。


(あぁ、こうして見ると獣人も良いものですわね………。なんて愛らしい………)


 性愛ではなく、単純に獣人幼女かわよで済んでいるのは前世の記憶故か。何しろ現代日本で独身のおっさんが幼女に近寄れば、例えそれが正しい行いであっても即ち事案だ。親戚でも状況次第で疑われるぐらいには厳しい世の中であった。見てくれが悪いと通報速度が加速するほどにルッキズム容姿差別が酷い。その癖開き直って困っている子供や女性を知ったこっちゃないと見捨てたり見て見ぬふりすると最低だとか叩かれるのだ。何とも世知辛い。おっさんにはいくら厳しくてもいいという風潮は如何なものかと『僕』であった頃は良く思ったものだ。


 しかし、今のマリアーネは女性である。近寄っても合法。合法なのだ。


 つまり幼女を愛でても通報されない………!おねロリは最高だと思います!!と彼女は内心思いながらマリアーネは安心させるように笑顔を浮かべる。見てくれだけは美少女の微笑みであるから尚質が悪い。


「もう大丈夫ですわ。後はむくつけき野郎どもがなんとかしますので―――あら?」

『ひっ!』


 と、そこで空気を読めない地竜さんが一匹、避難民達へと突撃してきたが。


「処分なさい、サレオス」


 マリアーネの一言で、彼女の影から巨大な鰐が顎を広げたまま飛び出してきて、ばくん、と地竜を飲み込んだ。小屋サイズの地竜を、丸呑みしたのである。喉で潰しているのか、バキバキメキメキと異様な音が響く。最早どっちが竜だかわかりゃしない。


 これには避難民達も唖然。しかしそんな彼等を見ることなくマリアーネはジオグリフとレイターに抗議の声を上げる。


「もう!ジオ!レイ!お零しは許されませんわよ!?そんなトカゲ、ちゃっちゃと片付けなさいな!」

「姫だけずりぃぞ!俺だってモフモフと戯れたいのに!」

「一人だけ働かないとか酷いではないか!君も戦い給え!ハリーハリー!!」

「やれやれ、美少女使いの荒い野郎共ですわねぇ………」


 しかし返ってきたのは至極尤もな抗議であったので、仕方無しにマリアーネも参戦する。


「―――百鬼夜行」


 詠唱直後、ぞるり、と彼女の足元から72の影の獣達が出現する。手のひらサイズの鼠から、地竜を一口で丸呑みできる鰐までその種類は多種多様であった。


「お食事の時間ですわ。お行きなさい」


 ぎゃーぎゃーわんわんにゃーにゃーと五月蝿いことこの上ないし、どっちが悪役か分からないようなビジュアルなので避難民達も悲鳴を上げて凍りついているが、彼女は気にした様子もなく指示を出した。


「あ、ちゃんと素材は残すんですのよー?」


 はーい、と影の獣達はそれぞれの返事をして地竜の群れへと突撃していった。

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